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エジプトの騒乱を正確に報道しない日本

前回述べた「ジャスミン革命は日本で起きるか」という主張で提起したように、独裁体制にある官僚側とその宣伝機関であるマスコミは現在起きているエジプト、もっと大きく言えば中東全体の民衆の改革を叫ぶ行動を黙殺しようとしている。これらの報道に見られるものは単なる映像の提供だけで、専門家や知識人と言われる人々の議論は一切出てきていない。海外のマスメディアはほぼ24時間、この問題を詳細に分析し、議論して報道を続けている。

明らかに日本の権力側は「国民の覚醒」という事態を恐れているとしか思えない。過去から続く独裁体制で何も変わらないという国民の不満は、そのまま日本に当てはまる。エジプトの報道に見られるような、騒乱とか無秩序、治安の悪化は単なる副次的な問題にすぎない。本質は国民の権利の主張の爆発である。それから目を背かせるため、マスコミ報道は明らかに意図的に問題をそらせ、報道そのものを制限している。

この問題を議論すればするほど日本国民は自分たちの置かれている立場が、ある意味では同じ状態である事に気が付くはずである。小沢一郎の陸山会問題と言われているものの本質や、不当な冤罪の存在、それに関わる警察、検察、裁判所の腐敗、国民に対する情報開示なき予算の使われ方、増税と社会保障の問題、地方自治の在り方、等々のどれをとっても国民に対して満足な答えが提示されていない。その本質は、我が国が民主国家ではない「官僚社会主義」という国家形態である事実が隠されていた事にあるのだ。その存在や弊害が、今回のエジプトなどに見られる国民の覚醒という現象で明らかにされることを誰かが恐れている。

我々も覚醒しようではないか、そしてこの国が本当はどのような国であるかを多数の人々と機会あるごとに話し合うべきである。そうすることが結局、本当の意味の民主国家に変えるための近道につながるはずである。
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根拠なき消費税増税

菅直人と与謝野馨の支離滅裂さは、ネオリベラリズムと同じ考えのリバタリアニズムの考えを整理するとよく分かる。双方とも規制緩和、民営化、福祉削減という自由主義に基づく市場の効率化による経済成長を求めるもので、リバタリアニズムは経済だけではなく哲学的原理を持った主張である。そこには自己所有という考えを基本にした妊娠中絶の権利、売春や同性愛の合法化のような主張にみられる徹底的な個々人の自由意思の尊重を目指すものである。従って、自己の体を使って得た所得は自分のものであるから税金は国家的な搾取と主張する。課税は国家による奴隷制と主張し課税そのものにも反対している。従って、増税議論なぞ論外なのだ。

この一点を見れば、与謝野の主張には何の論理的一貫性もない事がよく分かるはずだ。新聞テレビなどで小泉改革への逆行と言っている事は大いなる勘違いなのだ。小泉・竹中路線では、この点については筋が通っていたのである。しかしながら彼らの間違いは、これらの事を机上の考えだけで実施して、官を縮小せずに国民生活を無視した事にあったのである。

我が国の財政赤字問題は作られたものである。まずは全ての国家財政に関する情報公開、特に特別会計に関わるものについての徹底的な情報公開がなされれば明らかになるはずである。また対外債権や外貨・金の保有高は巨額になっているはずだが詳細の公開がない。これらから得られている配当だけでも巨額のものがあるはずなのだ。消費税の増税など論外で、結論と実行なき議論を廃した公務員改革を含む税金の使い方に関する徹底的な国会討論を求める必要がある。特に必要な事は、現行の税金の使い方に、特殊法人や独法、その他、土改連などに代表される既得権を持つ団体経由で使われている「補助金制度」を徹底的に廃止する事である。間にこれらの組織を介在させるために天下りや税金の不正使用が発生している。官僚たちが最も嫌う「子ども手当」のような直接の支払い制度にすることが大事なのだ。この中抜け方式を利用して使われている巨額の科学技術振興予算を徹底的に追求し、形を変えて予算を半減以下にする必要がある。この問題と公務員の人件費と人数の削減の三本柱、さらには完全な情報公開によって十分な財源確保はなされるはずである。

検察特捜は解体し廃止させるべきである

今日の新聞では一面に、郵便不正事件という事件の捏造に関わったとして責任者として起訴されていた元大阪地検特捜部長大坪被告、並びに元副部長の佐賀被告の保釈を大々的に報道している。全くの茶番だ、トカゲのしっぽ切りなどという以前の問題でマスコミは本質を一切報道していない。

問題とされた証拠の捏造で起訴されている前田元検事でさえ罪状は「証拠隠滅罪」という微罪に過ぎない。そのあまりにもひどい決定に対して市民団体が「特別公務員職権乱用罪」での告発を求めたのに検察はそれを無視した。現在、この件で検察審査会の審査を求めているのが実情である。マスコミはこれらの詳細を一切報道していないか、非常に小さな扱いしかしていない。いかにマスコミが検察寄りであるかを如実に示している。

この問題を発端にして検察の在り方会議が、又しても政府の常套手段である「有識者会議」というお決まりの形式で始められている。唯一の救いは、郷原信郎、江川紹子の両氏が参加しているだけで、あとは推して知るべしの検察寄りの人選である。こんなやり方ではなく、米国のように関係者を国会に招致するとか、場合によっては喚問して国会議員たちが議論するべきなのだ。いい加減に日本の国会議員たちも過去の弊害を認識して新しいやり方に変える努力位するべきだ。このままでは何も変わってゆかない。

検察の問題は警察も含めて、裏金問題に端を発している内部腐敗を誰も検証できない点にある。唯一、これを告発した元大阪高検部長の三井 環氏も不当に逮捕されて1年間も不当に拘留され、その間に検察の組織的な証拠隠しが行われてしまっている。その3年後に小泉内閣の森山真弓法相は、野党からこの問題の追及を受けて「検察の裏金問題は事実無根」と答弁したが、文芸春秋と新潮社に、元検察庁副検事の高橋徳弘氏の告発文が届き、公金横領の実態について領収書などのを所有して組織的になされていたことを暴露したが、新聞テレビは又してもこれを黙殺した。

このような腐敗した組織の中にあって、検察特捜には「捜査権」と「逮捕権」までを含んだ強大な権限が与えられている。世界中でこのような権力の集中を許しているのは独裁国家以外に日本だけである。言い換えればこの国は独裁国家と同じ組織を許しているのだ。さらに問題は、前田元検事の証拠捏造は、詰まるところわが国の裁判における「調書裁判」という異常性にある事を明らかにする必要がある。検察や警察による調書だけを採用する裁判の在り方により、告発する側に都合の良い、調書を作成するための不当な取り調べが過去から現在まで連綿と続いている事実の検証が未だなされていない。その結果が有罪率が99%以上などという異常な数値となって表れている。

この国の、このように異常な検察、警察、裁判所の在り方を変えるためにも、まずは検察特捜の解体と制度そのものの廃止は絶対条件である。過去に検察に取り調べられた何人かは、それでも特捜は必要とか言っているが、国民の権利を考えるうえで、このような意見は何の意味も持たない。検察特捜の廃止に加えて、取り調べの完全可視化を一部可視化に変えようとの企みが早くも表面化しているが、これも絶対に「完全可視化」を譲ってはならないだろう。また検察と裁判官の癒着が疑われている「判検交流」という憲法違反の最たる人事交流も法律をもって禁止させなければならない。

我が国の警察、検察、裁判制度は闇だらけである。三井 環氏のサイト「糾弾」については、ここを参照してもらいたい。

ジャスミン革命は日本で起きるのか

チュニジアを代表する花のジャスミンにならい、ジャスミン革命とよばれている市民革命によって23年間続いたベンアリ政権が崩壊した。現在、30年以上続いているエジプトのムバラク政権、父親から数えれば現大統領の独裁が40年にもなるシリア、立憲君主制の王国であるヨルダンでも市民革命が進行中である。さらにカダフィ大統領の統治が40年も続いているリビア、20年以上も長期政権が続いているイェメンとスーダンなど、中東諸国には枚挙にいとまもないほどの独裁と言われるに等しい国家が多数存在する。みせかけの民主制度で弾圧が日常茶飯事であったような国々に革命がもたらされたのは、FaceBookのようなネットの力だとの報道が多数なされている。ところがこの国は、これらの事実をどこも大々的に報道しない、してはならないような事が何かあるかのように無視に近い。

我が国の現状はどうなのだろうか。上記の中東諸国のどこよりも長い60年以上も続いた自民党政権は2009年の総選挙で終了し、政権交代が実現し民主党政権となった。しかしながら現状は、菅直人の政権交代を裏切る数々の公約破りによって、長期間にわたって自民党が続けてきた官僚社会主義国家に戻されようとしている。このまま我々が何の声も上げなかったり行動もしなければ政権交代の意義は無に帰してしまう。本当に必要な事は政権交代という表面的な事ではなく、過去65年も続いている官僚独裁国家という国家形態を変える事なのである。その事を自覚している国民がどれだけいるだろうか。未だに政治家が国を動かしていると思わされている国民が多数存在することが、この国の欺瞞性を端的に表している。

すでに何度も同じことを投稿しているので、重複した意見を述べても無駄なので詳細は省略するが、わが国は民主国家ではない。実態は、「主権在民」も「三権分立」も表向きだけで何も機能していない。全てが官僚という公務員達によって独占されている事実を認識しなければならない。この正確な認識が国民にない限り、「政権交代」を何回行っても絶対に民主国家に変える事は出来ない。また選挙で選ばれる国会議員たちそのものが、この認識を持っていなければ議員としての資格すらないだろう。実質的に国家の形態を変えられるのは国会議員たちだけなのだ。

表面的な国会議員たちの言動や、「政治とカネ」とか「ばら撒き」などの言葉の裏に隠された国会議員たちの行動や政策を、裏で意図的に操作する意図が働いている事を国民は感じ取らなければならない。単純に国会議員たちの醜聞や、つまらない言動を取り上げて大騒ぎするマスコミ報道にはおさらばしようではないか。彼らを働かせて、我々が支払った税金を我々のために使わせることの方がはるかに重要な事なのだ。特別会計の存在はもとより、過去、何十年にもわたって省庁別の予算配分の構成比がほとんど変わらないという事実だけを見ても、いかに我々の税金が効率的にも効果的にも使われていないどころか、我々のために使われていない事が分かるはずだ。

何度も繰り返すが、本当に必要なのは三権分立を機能させ、税金が官僚の勝手な配分で勝手に使われている現状を変える事こそが大事なのである。せっかく政権交代したのであるし、また我々にはインターネットという武器も持っている現在、戦後以来65年も続いている官僚独裁を変えるために、ジャスミン革命のような本当の意味の国民主権国家に変える努力を始めなければならない。

今、官僚やマスコミが本当に恐れおののいているのは小沢一郎でも民主党でもない、我々国民の覚醒なのである。シャスミン革命報道の少なさの本当の意味はここにあるのだ。

追記: 阿修羅に投稿したところ、意図的にこの内容を変えようとするコメントの総攻撃を受けました。官僚制度の非難投稿をすると決まって同じことが起きます。どこかが間違いなく組織的に動いて世論操作に走っている。

森ゆうこ議員の検審議決追及を応援して

検察審査会法 第一章 総則
第一条 二 〇2
検察審査会は、告訴若しくは告発をした者、請求を待つて受理すべき事件についての請求をした者又は犯罪により害を被つた者(犯罪により害を被つた者が死亡した場合においては、その配偶者、直系の親族又は兄弟姉妹)の申立てがあるときは、前項第一号の審査を行わなければならない。

上記のとおり検察審査会法では 検察審査会に申し立てができるのは、「犯罪の被害者」、「事件について請求した者」、「告訴の当事者」のいずれかに限られる。このように考えると、検察審査会法のこの条文からすでにおかしい事が分かる。本来の趣旨は、検事による「起訴便宜主義」というものの恣意的な行為を監視し、おかしい場合に、その不当性を審査するために作られるている制度であれば、何ゆえにこのような条文になったのだろうか。

条文に「犯罪」と書いては推定無罪を否定している事になるのではないのか、「事件の被害者」であるべきではないのか。また「事件」とは何を指すのであろうか、ここにも恣意的なもの含まれている気がする。納得できるのは「告訴の当事者」だけだろう。

そもそも小沢一郎は検察が起訴できなかったのであるから犯罪は成立していない。従って告訴の当事者も被害者も存在していない。事件がないから、事件について請求する事自体が不当である。勝手に検察が見立てて事件を作っただけなのに、何ゆえに検察審査会に対してなされた申し立てが受理されたのであろうか。一体全体、具体的な被害者は誰だったのか、どのような具体的な被害があったのか、それらは受理の時点で立証されていたのだろうか。

あらゆる内容がおかしいのに、裁判所側は最高裁までもが全ては刑事裁判にて決着させろ、などという結論を出したこと自体が不当ではないのか。この国の司法は何も機能していないではないか。小沢一郎側は再度、裁判所に対して検察審査会への申し立てそのものの不当性から訴え直すべきである。森ゆう子議員の追及を少しでも応援したい。

追記: 阿修羅に投稿したら、さっそく「推定無罪」の件で非難投稿があった。検察審査会の意味をまるで理解していないのではなく、明らかに意図的に小生の意見を曲解させようとの意図が丸見えであった。今、ヤフーや阿修羅などに頻繁にこのような投稿が明らかに組織的になされている。意図的な世論操作に加担した意見投稿が多くなっているから注意が必要だ。あまりそのようなコメントが来るようになったら受付を拒否するように変えるつもりである。
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