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根拠なき消費税増税

菅直人と与謝野馨の支離滅裂さは、ネオリベラリズムと同じ考えのリバタリアニズムの考えを整理するとよく分かる。双方とも規制緩和、民営化、福祉削減という自由主義に基づく市場の効率化による経済成長を求めるもので、リバタリアニズムは経済だけではなく哲学的原理を持った主張である。そこには自己所有という考えを基本にした妊娠中絶の権利、売春や同性愛の合法化のような主張にみられる徹底的な個々人の自由意思の尊重を目指すものである。従って、自己の体を使って得た所得は自分のものであるから税金は国家的な搾取と主張する。課税は国家による奴隷制と主張し課税そのものにも反対している。従って、増税議論なぞ論外なのだ。

この一点を見れば、与謝野の主張には何の論理的一貫性もない事がよく分かるはずだ。新聞テレビなどで小泉改革への逆行と言っている事は大いなる勘違いなのだ。小泉・竹中路線では、この点については筋が通っていたのである。しかしながら彼らの間違いは、これらの事を机上の考えだけで実施して、官を縮小せずに国民生活を無視した事にあったのである。

我が国の財政赤字問題は作られたものである。まずは全ての国家財政に関する情報公開、特に特別会計に関わるものについての徹底的な情報公開がなされれば明らかになるはずである。また対外債権や外貨・金の保有高は巨額になっているはずだが詳細の公開がない。これらから得られている配当だけでも巨額のものがあるはずなのだ。消費税の増税など論外で、結論と実行なき議論を廃した公務員改革を含む税金の使い方に関する徹底的な国会討論を求める必要がある。特に必要な事は、現行の税金の使い方に、特殊法人や独法、その他、土改連などに代表される既得権を持つ団体経由で使われている「補助金制度」を徹底的に廃止する事である。間にこれらの組織を介在させるために天下りや税金の不正使用が発生している。官僚たちが最も嫌う「子ども手当」のような直接の支払い制度にすることが大事なのだ。この中抜け方式を利用して使われている巨額の科学技術振興予算を徹底的に追求し、形を変えて予算を半減以下にする必要がある。この問題と公務員の人件費と人数の削減の三本柱、さらには完全な情報公開によって十分な財源確保はなされるはずである。

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検察特捜は解体し廃止させるべきである

今日の新聞では一面に、郵便不正事件という事件の捏造に関わったとして責任者として起訴されていた元大阪地検特捜部長大坪被告、並びに元副部長の佐賀被告の保釈を大々的に報道している。全くの茶番だ、トカゲのしっぽ切りなどという以前の問題でマスコミは本質を一切報道していない。

問題とされた証拠の捏造で起訴されている前田元検事でさえ罪状は「証拠隠滅罪」という微罪に過ぎない。そのあまりにもひどい決定に対して市民団体が「特別公務員職権乱用罪」での告発を求めたのに検察はそれを無視した。現在、この件で検察審査会の審査を求めているのが実情である。マスコミはこれらの詳細を一切報道していないか、非常に小さな扱いしかしていない。いかにマスコミが検察寄りであるかを如実に示している。

この問題を発端にして検察の在り方会議が、又しても政府の常套手段である「有識者会議」というお決まりの形式で始められている。唯一の救いは、郷原信郎、江川紹子の両氏が参加しているだけで、あとは推して知るべしの検察寄りの人選である。こんなやり方ではなく、米国のように関係者を国会に招致するとか、場合によっては喚問して国会議員たちが議論するべきなのだ。いい加減に日本の国会議員たちも過去の弊害を認識して新しいやり方に変える努力位するべきだ。このままでは何も変わってゆかない。

検察の問題は警察も含めて、裏金問題に端を発している内部腐敗を誰も検証できない点にある。唯一、これを告発した元大阪高検部長の三井 環氏も不当に逮捕されて1年間も不当に拘留され、その間に検察の組織的な証拠隠しが行われてしまっている。その3年後に小泉内閣の森山真弓法相は、野党からこの問題の追及を受けて「検察の裏金問題は事実無根」と答弁したが、文芸春秋と新潮社に、元検察庁副検事の高橋徳弘氏の告発文が届き、公金横領の実態について領収書などのを所有して組織的になされていたことを暴露したが、新聞テレビは又してもこれを黙殺した。

このような腐敗した組織の中にあって、検察特捜には「捜査権」と「逮捕権」までを含んだ強大な権限が与えられている。世界中でこのような権力の集中を許しているのは独裁国家以外に日本だけである。言い換えればこの国は独裁国家と同じ組織を許しているのだ。さらに問題は、前田元検事の証拠捏造は、詰まるところわが国の裁判における「調書裁判」という異常性にある事を明らかにする必要がある。検察や警察による調書だけを採用する裁判の在り方により、告発する側に都合の良い、調書を作成するための不当な取り調べが過去から現在まで連綿と続いている事実の検証が未だなされていない。その結果が有罪率が99%以上などという異常な数値となって表れている。

この国の、このように異常な検察、警察、裁判所の在り方を変えるためにも、まずは検察特捜の解体と制度そのものの廃止は絶対条件である。過去に検察に取り調べられた何人かは、それでも特捜は必要とか言っているが、国民の権利を考えるうえで、このような意見は何の意味も持たない。検察特捜の廃止に加えて、取り調べの完全可視化を一部可視化に変えようとの企みが早くも表面化しているが、これも絶対に「完全可視化」を譲ってはならないだろう。また検察と裁判官の癒着が疑われている「判検交流」という憲法違反の最たる人事交流も法律をもって禁止させなければならない。

我が国の警察、検察、裁判制度は闇だらけである。三井 環氏のサイト「糾弾」については、ここを参照してもらいたい。
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