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あまりにもひどい専門家や官僚たちの対応

福島原発の事故対応についての対応はどうなっているのか。マスコミは東電ばかりを非難しているが、極端に言えば東電も被害者である。こういう事を言うと多数の国民は非難するだろうが、その時点ですでにマインドコントロールにかかっているとしか思えないのだ。その理由は簡単だ。東電は法律にのっとり原発を建設して運営してきた。地震が来て津波により被害を受け原発施設に多大の被害を受けて事故になった。全てが東電の責任なのであろうか・・・・唯一、中部大学の武田邦彦教授だけが正確にコメントしている。「東電は原子力安全保安院に基準を確認し、その基準に基づき原発を作り運用してきた。地震で壊れたのはその基準が甘かったからである。なのに原子力保安院はその長も含めて誰も国民に対して、基準が甘かったことにより事故になった事を謝罪もしない。税金で高額の給与を得ているのに何の責任感もない。こんな組織に意味があるのか?」正に正論ではないか。http://takedanet.com/2011/04/post_20b2.html

武田教授はさらに続ける。この国の関係省庁の官僚たちや政府は国民の安全確保を何も考えていない、むしろ法律違反を自ら犯して放射能汚染を無視している。こんな事が許されるのか。各省庁も原子力安全保安院も原子力安全委員会も全てが法律違反をしている事を必死で隠している。子どもの被爆許容量を、法律無視の20mSvにして何も問題がないような事が許されるのか、とんでもない事である。野菜や魚介類の放射性物質の摂取許容量も、内部被曝と外部被爆の合計値で決定するべきことを誰も言わない。風評被害だなんだとマスコミも産地のお涙頂戴で報道を繰り返すが、実際の被害が出るのは10年、20年先の今の児童たちである。この国の学者、官僚、それを束ねるべき政府の対応の酷さは何なのか。このままでは国が亡びる、早急な政権交代で政治主導の国家建設が必要である。今こそ小沢一郎の出番ではないのか。

最後にもう一度武田先生の意見を参照して欲しい。「神になった専門家」
http://takedanet.com/2011/04/post_c649.html
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政府も政府なら産地も産地だ

原子力安全保安院、原子力安全委員会などに代表される、国の原発行政に関わる全ての省庁などに見られる今回の福島原発の対応はあまりにもひどい。どこも自分たちの責任回避どころか、国民の安全のための指針でさえ勝手にゆるめて児童を危険にさらしている。なぜ児童まで年間の総被爆量を一気に20倍もゆるめたのか、それは発癌の可能性が20倍になると言う事に等しい。この体たらくに対して何も言わない菅直人政権の当事者たちとマスコミは何なんだろう。全て言いなりで何の追及もしないマスコミにマスコミとしての存在意義は何もないし、政治主導と言う国民と約束した大事なことを無視している菅直人政権も許すことはできない。

政府も政府であるが、その混乱に乗じて自分たちの責任を産地は果たしているのだろうか。出荷自粛になっていたサンチュを勝手に販売したり、原乳の規制値が下回ったと言って出荷したが、その測定方法は他の原乳と混ぜたものを測っているという重大な問題がある。風評被害、風評被害と言う前に、自分たちが出荷する全てのものに放射性物質を測定して、その値を表示するべきではないのだろうか。それこそが風評被害を無くす唯一の方法に思える。賢明な国民は被ばく量というものは単体の値ではなく、空気、水、野菜や魚介類などの食料品などの値の合計値が大事なことを知っている。だから産地の人がいくら安全ですと言っても買わない人は絶対に買わないだろう。このような大事な情報をマスコミも一切、報道しない。もはや国もマスコミも信用できないのに、産地まで信用できなくなったら我々は何を食べるのか。国家の危機とはこの事だろう。

武田先生の警告を最後に参照してもらいたい。http://takedanet.com/2011/04/post_0a1f.html

なぜこの国が官僚国家なのか、その理由は何か

この国は民主国家ではない、官僚国家である。マスコミも知識人と言われる人々も誰も本当のことを言わない、というよりも理解していないと言わざるを得ない。ましてや国民はどうか、いまだに我が国は民主主義国家と思っている。

法治国家というものは法律が基本である。従って、「誰が法律を作るのか」ということと「誰が法律に基づいて裁くのか」、「誰が法律に基づいて行政行為をするのか」ということが三権分立の基本的な意味である。立法、司法、行政という言葉だけが憲法にあっても、それがどのように実際に機能するかが担保されていなければ何の意味もない。その意味で言えば、我が国では誰が法律を作っているのかを見れば明らかだろう。「閣法制度」により法律は官僚たちが作っている。従ってこの国は官僚国家である。民主主義ならば憲法に規定されるように、国民により選出された国民の代表者である国会議員たちによって、国権の最高機関である国会にて立法行為がなされなければならない。行政府の職員の立法行為など絶対に許される事ではない。

昨日の選挙で驚いたのは、全国の県議選での平均投票率が50%以下、東京都知事選では60%程度という現実である。国民の半数は選挙に参加していない。なのにマスコミによれば政治への不満が渦巻いているという。特に若者が高齢者との格差に不平を言っているという報道が目立つ。ちゃんちゃらおかしい。選挙にも行かないで誰が政治を変えるのか、法律を作っているのが国民ではなく官僚という公務員であるという事実も知らないで文句だけが大きく報道される。それがこの国の実態なのだ。政治が三流なのは国民が三流だからだ。

この国を民主主義国家にしたいなら「法治国家」という原則を認識し、三権分立を認識し、立法行為は国民が選出した国会議員以外に認めてはならない。それ以外に国を変える事は出来ない。

この国を危うくしている元凶とは何か

私は繰り返し我が国の三権分立のなさを投稿した。その元凶に官僚による権力の集中を見たからである。何度も投稿しているように、法治国家という大前提がある限り、「法律は誰が作るものでなければならないのか」という大前提を議論しなければならない。三権分立の本質はここにある。立法権は国会になければならないのである。それは主権在民である国民の代表者が作るものでなければならないのである。しかるにこの国が行っている「閣法制度」とは何なのか、誰も議論さえしようとしていない。もはやこの国は自浄能力すら無くしたかのように見える。

過去の明治維新の成功や、戦後の経済的な成功は何が原因であったのであろうか。それを詳細に分析し、その原因を語る知識人と言われる人々が殆どいないのは驚くべきことである。すでに投稿したように、この国の知識人と言われる人々の住む世界はあまりにも狭い。学会とか教授会とかの日本に独特のムラ社会では全員が同じ方向で進むことが求められる。新しい考えや違った考えは「出る杭は打たれる」によって徹底的にたたかれる。そこにあるのは既存の考えの踏襲でしかない。過去の成功にあった我が国の精神的な教育の存在をだれも顧みようとしていない。明治維新の成功は江戸期に存在した武士階級の高い倫理観と、武士以外の商人などの高い教育の程度である。戦後の経済的な成功にも、少なからず戦前の道徳教育に存在した倫理観というものの存在がある。天皇制という誤った国家体制によって全てを否定してしまった結果、戦後の教育には道徳というものの教育がすべて失われてしまった。この国は過去からの本当の意味の神道や仏教や儒教という全ての倫理的なものを放棄してしまった。

その結果がサリン事件や無差別大量殺人などの過去には考えられない事件の発生であり、さらには政治家の公約違反という「嘘」を何とも思わない考え方に代表される自分の利益だけの追求というさもしい考えの蔓延である。この事は権力を集中的にもつ官僚たちに最も顕著に表れている。自分たちだけの利益追求だけを考え、国家というものを考えずに省庁という縦割りの利害だけを考えた「公」という概念の全く存在しない公務員が生まれた事が大問題なのである。そこには閣法制度を悪用した法律による、責任を問われない行政行為という大きな問題をこの国にもたらしている。税金は国民のために使われるものではなく、自分たちの利益のため、または特定団体や企業という天下りのための補助金という政策のために使われ、本来の納税者には殆ど還元されない使われ方が当たり前のような異常な状態になっている。

我々は公的な仕事に就く公務員、義務教育の教員、国立大学の教授のような全ての税金によって多大な影響を持つすべての職業について、就職したら退職するまでを補償するような制度は認めるべきではない。一定の年数ごとに資格を審査したり、本当に必要なのかを検証し、必要がなかったり資格がないと認められるならその雇用を止める事が出来るような制度を作るべきである。過去からの制度だけを温存するようなら何も新しい変革は絶対に生まれない。それこそが今あるように過去の制度の温存だけが正しいかのような形になり、しかも倫理観の教育も受けていない者たちが存在すれば、公という概念が機能しないのは明らかである。そこに出てくるものは膨大な無駄である事はすでに立証されている。これを変えない限り我が国に未来は絶対に存在しない。税金で亡国の輩や制度を維持する必要がどこにあるのか、国民全員が考えるべきである。このままでは本当に近い将来、絶対にこの国は三流以下の国に成り果てる。

震災復興の財源に何が求められているのか

マスコミから伝えられる震災復興の政府の対応は極端に少ない。出てくるものは大方針に対する国会での議論が何もない、あるのは「財源」の話しばかりという異常さに問題の根源が見える。何とか会議という官僚の得意技である、有識者という操りり人形による会議によって物事を決める形式がどんどん出てきている。政治主導という政権交代のお題目は影も形も無くなっている。

すでに第一次補正という形で3兆円という復興財源だけが出てきていると言う事は、各省庁の裏でのやり取りが終わったことを現している。官僚任せでは既存の予算を見直すことは絶対にないだろう。やり玉に挙がっているのは予想通りに、国民に対する直接の支援政策である子ども手当や高速道路の無料化などの政権交代で実現したものばかりだ。特別会計の見直しのような根本的な問題は何の議論にもなっていないように見える。さらには天下り先への補助金などの政権交代時に問題とされていたものについても何も出てこない。マスコミも何の具体的な報道もしないで沈黙のままである。

このまま我々国民が黙っていたら増税地獄が待っている。すでに被災地の農業問題や漁業問題が壊滅的である事に加えて、福島原発からの放射能の汚染問題で農作物や魚介類は長期にわたって大きく減ることが予想される。今後は食料を始めとしてあらゆるものが値上がりするだろう。被災者だけではなく、我々全員の生活は明らかに苦しくなることは確実である。こんな時こそ従来から問題の特別会計の見直しや、直ちに必要ない巨額の科学技術に関わる補助金予算、天下り先への人件費を含む補助金、本丸である公務員人件費の大幅な削減、地方と国に重複する事業の削減という、既存の官僚たちの既得権となっているものを切る事が必要である。政治主導が求められている時は今を除いて絶対にない、菅直人政権は総辞職し、国民の生活が第一という政策に戻る新内閣により大胆な改革を実施しなければならない。自民党との大連立など論外である。
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