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原発の存在に見る西欧の科学技術至上主義

似たような意見を何度も繰り返しているが、仏教思想の回帰を問うたびに、時代遅れとかいう根拠なき非難の数々を受けている。その背景にあるものは西欧思想こそが優れたもので、日本古来の仏教や神道、儒教などの思想は時代遅れの思想的に劣ったものであるという誤った先入観である。一体どれだけの日本人が仏教や神道などの思想を正しく語れるだろうか。多くの日本人、特に知識人たちは西欧思想の何たるかは語れるが、自分たちの昔からある思想については驚くほど無知であるし、その存在意義さえ理解していない。原因は明治以来連綿として続く西欧至上主義の教育が今日まで続いているのに、我が国の古来からある優れた思想の教育がない事が原因である。

一方西欧そのものは、すでに過去の西欧至上主義という思想から離れつつある。むしろ自分たちの過去の思想では現在の世界の行き詰まりは解決できないと感じ、新しい思想を模索しているのが現実である。科学技術に基づく物質文明の発展は、確かに人間に大きな発展ももたらしたが、戦争や自然破壊という問題を解決する新しい思想は生まれてきていない。原発の問題も、コスト的に発電が従来のものより優れているという詭弁の上に成り立っている事が今回の事故でいやというほど証明されたのに、当事国である我々政府にはその間違いを正そうとする姿勢さえ見られない。菅直人政権の原発維持の姿勢は、過去からの政策は正しいとする官僚たちの無謬性という傲慢な考をなぞったものに過ぎない。

原発がたった一つ事故を起こしただけで、これだけ広大な土地と広範囲な海洋が汚染され、土地に至っては何十年も住めなくなり、農産物の生産もできなくなるという現実がある。それなのに他の原発の存続を何も真剣に議論しないという政治判断は、現内閣がいかに無能なものなのかということを国民に強く印象付けた。原発を国策として推進してきた自民党からの政権交代の意義が何も生かされていない。それは明治以来続く西欧至上主義を、戦後も官僚と共に自民党が一体化して続けてきた事を単になぞっているだけという情けない菅直人政権の実態を我々に示しているものである。逆に言えば、政権交代というものの本質は何であったのか、それを何も分かっていない議員たちが民主党には多数いる事を国民に気づかせたことでもある。

確かに西欧の科学技術に基づく文明のおかげで我々も大きな発展を享受できてきた。しかしながら人間至上主義に基づいて、動物、植物や自然までも人間のために利用するものとしか考えない西欧思想の限界を原発事故が我々に知らしめたのである。単に安くて便利であれば許されるという安易な発想では許されないものがあるという意識を持たなければならないのではないだろうか。人間は自然を抜きにして生きられるものではない。特に狭い国土に生きている日本という国で、それは誰でもが持っている強い感覚であると思う。我々は祖先から続く、動植物や自然の全てに神を見る神道や仏教思想を見直し、どのように西欧の科学技術と共により良い国や制度を作るかを考えるべき時に来ているのではないだろうか。過去から存在する優れた精神的思想を馬鹿にするだけでなく真剣に再考する良い機会にするべきである。
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