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地方分権ができない本当の理由

国の形を現在の中央集権から地方分権に変える事は何よりも一番大事な政策になっている。国会議員たちは無能な集団に成り果て、政権交代で期待された民主党も大多数の議員たちがその基本理念さえ守ろうとしない裏切り者の集団であったことを露呈している。せっかく国民の生活が第一という民主国家の樹立ができるのと多くの人々が期待したのに、その結果は菅直人政権とその延長の野田ブタ内閣で潰えようとしている。

世界はBRICsなどの経済的な発展著しい途上国と、日米欧の退潮によって大きく変わりつつある。もはや従来の国内政策や外交では完全に行き詰ることは確実になっている。その中において、わが国は依然として輸出中心の産業構造と外交における米国隷従方針は何も変わらず、国家の運営も官僚による支配体制のままである。このままでは何も変えられずに、行きつく先は三流以下の社会主義以下の国になるだけだろう。これを変えるには本当の意味の三権分立が機能する民主主義国家にし、国民主権を確立し、警察、検察、裁判官による滅茶苦茶になっている司法制度の大改革と共に、霞が関の官僚たちから権力を剥奪する意味で、その源泉となっている閣法制度の廃止と公務員制度の大改革をしなければならない。さらに地方の活性化を図り中央集権を徹底的にぶち壊す必要がある。

では、なぜこの国は地方分権ができないのか、その根本的な原因を明らかにしようではないか。国の基盤をしっかりとするためには経済的な基盤がしっかりとしていなければならない事は明らかであろう。それを過度に進める必要はないが、最低限のものは絶対に必要である。翻って、わが国の地方はどうなのであろうか。大多数の地方は自らの税収では立ち行かず、国からの交付金という補助金によりかかって何とか成立しているのが現状である。これでは形だけ分権しても地方がやっていけるわけがない。分権するのは自立することが条件でなければ何の意味もない。今の分権の議論ではこの最重要のものがすっぽりと抜け落ちて、形ばかりのものが議論され、しかも専門家と称する御用学者と理念を持たない国会議員や官僚たちだけの議論になっている。その結果は官僚たちの補助金という既得権の温存化により、いつまでたっても何も決まらない。全てがこの調子で何も変化ができない国になっている。

経済に最も必要な大事な要素は人口なのである。わが国が高度成長を実現した時、現在と大きく違っていたのは人口構成であった。ほぼピラミッド型の理想的な年齢分布を持ち、多数の若い年齢層によって産業も消費も支えられて大きく成長する事ができた。勿論、国民の勤勉性と安い労働力による品質の良い製品という大前提も忘れてはならないものである。しかしながら、輸出一辺倒の政策はもはや新興国の台頭で機能しない事は明らかで、産業構造も国の形も変えない限り国民の生活は低下するだけである事はここ10年が十二分に証明している。内需の拡大が叫ばれても一回も成功した試しがない。なぜなのか、それは地方に大きな原因がある。

 2010年構成比1975年構成比
北海道5,507,4564.3%5,184,2875.0%
東北計9,335,0887.3%9,031,1978.6%
北陸計5,444,7974.3%5,137,3274.9%
関東計42,607,37633.2%29,495,89528.2%
中部計16,270,19812.7%12,953,95812.4%
関西計22,755,03017.8%18,944,24218.1%
中国計7,561,8995.9%6,996,9616.7%
四国計3,977,2053.1%3,904,0143.7%
九州・沖縄計14,596,97711.4%13,017,29012.4%
人口合計128,056,026100.0%104,665,171100.0%

高度成長期に比べると、地方は一見、増加しているように見えるが、構成比を見れば軒並み人口が関東、関西、中部などの大都会圏より構成上減っているのが分かる。人口の総数の増加は高齢者と寿命の関係するところが大きく、都会への人口集中はひどくなっている。この意味するところのものは、結局、地方が自らの生産性を無くしている事にある。それは我が国が依然として過去のような輸出を基本においた産業構造を変えていない事に原因がある。一か所集中という方式で効率性だけを求めてきた産業構造が国の形を歪めている。さらにバカ高い有料の高速道路や、非効率の港湾や空港もインフラコストが諸外国に比べて高く、地方への工場や人口の分散を妨げている。このままでは分権などしても地方の疲弊は絶対に収まらないだろう。高速道路の無料化や特別会計で保護されている官僚の既得権化したインフラを民間に開放しない限り絶対に国の形は変わらず、結局は税金が機能しないままに国家がどんどん衰退する事は目に見えている。我々のすることは官僚主導の変化のできない国を国民主権に変えて、本当の意味の地方分権国家にすることで新しい世界の枠組みに対応する事である。

思えば今の国家構造は明治維新以来の富国強兵のための中央集権の継続に過ぎない。徳川幕藩体制下では完全な分権国家であり、300にもなる小国家の連合体であった。幕府は天領と直轄地以外の財政基盤もなく、諸藩から税金さえ取っていなかったのである。今の国の形とどちらが進んでいるのかくらい検証すべきだろう。我々は国の形を変えるという意味を真剣に考えるべきである。

梅原猛の思想を解釈する

1925年(大正14年)に生まれたこの哲学者は、日本には稀な人文科学者の最も優れた人物であると思う。その功績は歴史的な出来事の正確な分析と緻密な事実の考証により、過去の解釈の誤りを見事に指摘している事実がある。それは過去の古事記や日本書紀に関する解釈が、本居宣長や津田左右吉の説では解釈しきれない事を立証し、全ての偏見を配したうえで論証した事や、法隆寺の建立の秘密や柿本人麻呂の経歴についての問題など、従来の説の全てを覆す新しい学説の提示の全てに見られる。彼の洞察の鋭さは哲学というものの本質の究明という基本的な姿勢から物事を考えるという凄さにある。従来の研究が違っていたら違うと言う事を徹底的に追求する姿勢は、過去からの学説にだけによりかかってきた日本の知識人たちに対する挑戦ともいえる迫力がある。

それは我々日本人が忘れていた過去の優れた仏教の思想や、本来の全てのものに神を見る神道というものの成り立ちについての深い洞察にも見られる。葬式という儀式にすぎなくなっている仏教の本来の思想の深さを今一度この国に知らしめた功績はとてつもなく大きいものがある。また明治以来に作られた国家神道の間違いを指摘している意味は大きい。それは明治維新というものの本質の理解を大きく前進させた。明治維新の背景になっている思想が何であったのかという理解を我々に大きく提示したのである。現代の日本という国、そして国民の考え方はどこから来ているのかと言う事を丁寧に解説しているのである。

その意味では、1980年(昭和55年)に発行された「仏教の思想」という本により、西欧思想と仏教の思想の対比による仏教というものの解説は、全く新しい視点で我々に仏教を紹介した秀逸な書き物である。現代の日本人が忘れ去っている思想的のみなもとの大きな一つにある仏教というものを、簡潔にまた的確に解説したこの秀逸な書物は一読に値する。現代の西欧思想の行き詰まりを30年以上も前に的確に予測した事は驚くべきことである。我々はこのような優れた学者が存在している事を誇りに思うべきである。太平洋戦争以来、一時的な経済的な成功を経て、現在の日本人はその拠りどころを何に求めるのかを完全に失っている。それは政治家や知識人といわれている西欧至上主義者の責任が大きい。はるか昔の縄文時代から連綿として続く日本という国と、その国民の成り立ちを正確に見る事の大切さを我々はもっと重要視すべきである。その歴史の中に育まれてきた本来の神道や仏教に見られる思想こそが我々の原点になっている。それを知らずに世界に向かって何を発信しても、それは単なる薄っぺらいものまね思想になっているだけである。我々はいい加減、西欧至上主義という呪縛から抜け出なければならない。今のままでは決して日本国民が世界から尊敬されるものにはなりえない。独自の思想がいかに優れたものであったかについてもっと誇りを持つべきなのだ。それこそが自分の国も世界をも救いうる思想になるはずである。

なぜ日本人から品格が消えたのか

バブルがはじけてから20年以上たったが、日本は依然として混沌とした闇の中にいる状態である。経済的にも先が見えず、国民の生活は小泉・竹中による改革という名のもとの生活破壊で、貧富の差が増大した以上に格差という大問題となって社会的な不安になっている。政治の混迷は政権交代しても変わらず、国民の生活が第一という理念は小沢一郎をはずした民主党の多数の裏切り者によって骨抜きにされている。国民はそのひどさにあきれ、政治家というものの品性のなさを嫌というほど見せつけられている。過去は官僚と一体化した自民党政権の中で、これら官僚や自民党議員たちの品のなさを嫌というほど見せつけられ、それが変わるかと思っていたら同じことが起きている事にも我々は腹を立てている。一体この国の公的な仕事をする人間はどうなっているのか、本当に恥ずかしいばかりの品のなさである。

明治維新の初期に、過去の徳川幕藩体制という国の形を大きく変えたのは厳格な公私のけじめを持った武士階級の者たちの存在であった。彼らの言動の多くは多数の著書に残っているが、西郷隆盛に見られる公私のけじめのすごい事には何回読んでも驚かされるし、それを実践していた事にも驚かされる。彼らが江戸期の長きにわたり儒教を中心とした道徳的な教育により高い倫理観を持つことになった事は明らかである。その他の農・工・商の多数のものは寺子屋という制度により寺において仏教の自利利他の道徳観と読み書きによる高い識字率を持つ国民が生まれていた。これが明治維新を短期間に成功させた原因であったのである。しかしながら明治維新は皮肉なことに過去の思想や道徳を全て放棄して、西欧の思想や科学技術を取り入れなければならないという矛盾によって成功したのである。日本を西欧化して、その科学技術をもとにした富国強兵により列強からの侵略を阻止しようとしたのが明治国家の原点であったのである。国家覇権主義はその必然であり、西欧思想の導入だけで全てを行うという政策によって、過去の日本にあった武士階級やその他の国民の優れた道徳観や仏教の思想は完全に排除されたのである。

結果として武士階級の高い道徳観を持った者たちがいなくなるにつけ、我が国は官僚組織という過去から連綿として続いていた変化のできない思考回路を持った者たちによる国家運営により、太平洋戦争の突入で破滅したのであった。そこにあったものは天皇というものの神格化と国の絶対的な存在だけをよりどころにした官僚たちの世界観のなさという政治の私物化であった。一旦、何かを決めると、その結果がどうであれ過ちがあっても変更ができなくなるという矛盾性を誰も変える事ができなかった。それが国家神道という天皇教という一神教の怖さでもあったのである。戦後になってもこの体制は基本的に変わらず、天皇教が民主主義という神に変えられて、裏では官僚機構が政治を操る体制は何も変わっていない。西欧至上主義は変わらず、平和という名のもとに憲法が作られても、その背後に確たる思想がないために言葉だけが空虚に踊ったまま現在に至っている。

結果として今日の我が国は、戦後の一時的な経済的な成功によって又しても官僚を中心とした変化のできない国家体制になり、自分たちが長きにわたり持っていた過去の優れた独自の思想を忘れたままの国に成り果てている。その結果、国民が選ぶ政治家も自らの思想的な基盤がなく、西欧思想の延長に過ぎない経済的な問題意識だけの、基準となる道徳観のない薄っぺらい考えの者たちだけによる政治が続けられている。精神的なバックグラウンドのない人間が行う政治には、内政にしろ外交にしろ明確な後ろ盾になる思想がなく、結果として国民からも外国からも冷笑をもって見られている。それは政治家を選ぶ国民も同じであろう。我々はなぜこのような国民となってしまっているのかを真剣に考えるべきである。過去の歴史とその思想を正しく把握できなければ、我々はどのような国を目指して子どもたちに残すべきなのか判断できないはずである。国家の品格とは国民の品格そのものなのだ。

なぜ私は日蓮宗を非難するのか

特定の宗教を非難するのは心苦しい。自分にそれだけの深い知識があるとは思えない。しかし宗教とは基本的に万人が救われるものでなければならないはずである。それがどのような神であるにせよ、他との対立を煽るようなものでは何の意味も持たない。ちょうど民主主義と独裁主義を比較するようなものである。だから自分はユダヤ教、キリスト教、イスラム教などの一神教を非難し続けている。その意味では自分の名を課した初めての仏教が日蓮宗という一神教である。

前にも非難した通りに法華経以外を信じないといういわれのない理由で他の全ての宗派を非難した日蓮宗の傲慢性を私は認めない。それは大乗仏教の否定する二元論による考えそのものだからだ。我欲とまで言わないとしても、自分の考えというものを大乗仏教は否定している。自分というものの存在はあらゆるものの中の生命のつながりの一つに過ぎないというものが大乗仏教の根本思想でなければならない。その時に初めて争いは無くなる。日蓮はそれを基本的に破壊したのである。しかも、もっと許せないのは全てが他人の模倣に過ぎない事である。念仏という他力本願から題目というものを作った事は模倣以外のなにものでもないだろう。念仏を非難しておいてその模倣とはあきれたものだ。密教からは加持祈祷をまねて立正安国論なるものが生まれ、法華経の中の観音信仰にあるものから竜の口の法難という、自分を殺そうというものの刀が粉々に割れて助かったというものをでっち上げた。日蓮の言う全てが捏造と思われても仕方がないものである。そこに大乗仏教に見られる根本的な思想が抜けている事に加え、許し難いのは現世利益というものだけを強調する事である。その結果、現代の新興宗教はほぼ100%がその教義の基本に日蓮宗をおいている。西欧の真・善・美というものをまねた利・美・善を教義とする創価学会はその最たるものである。

仏教の素晴らしさは多神教と同じの全ての生命の融和性にある。それを否定するものに仏教という心は存在しない。どんなに取り繕っても結果として対立を生むものは仏教とは言えないのである。

空という思想の理解を妨げているもの

多数の人々は空の思想を理解する事が困難だと言う。それは自己の経験などから考える事から導き出された当然の結果といわざるを得ない。空の理解で最も大切な事は、各々の自己の過去から学んだことや経験したことから考えることを全て否定している事を理解しなければならない。自分というものが考えたり、見たり、感じだりすることの全てを、実際にあるものとしないで仮のものとしている事である。

人間は生まれてから成長するにつれ、自分が見たり聞いたりして学習したことが心の中に蓄積されてゆく。それが自己というものを形成してゆくのである。そのことは否定できない現実であり、その中で各人の考えや物の見方が作り上げられてゆくのである。それが一般に言われる成長と呼ばれるものである。過去の経験や学んだ知識をもとに新しい事が心に蓄積され、それをもとに又、新しい事が蓄積されてゆくという事を繰り返している。それらが無意識となったり知識となって、善とか悪とか、美とか醜とかの概念が形成されてゆく。空の思想は、それこそが問題の根源であると指摘するのである。なぜなら個人というものだけで全てを考える事を否定するからである。

簡単に言えば、自己の見ている対象に実体はあっても、それが絶対的なものではないとするのが空の思想なのである。全てのものは独立して存在するものは無い。過去から連綿と続く生命の連鎖の中で存在し、しかもあらゆるものは変化しながら消滅の方向に進んでいる。一瞬前に見たものは次の瞬間には同じものではないし、自分で見たり感じたものは他人や他の生物の見たり感じたりしたものと同一のものは無い。自分で理解している事は過去の知識や経験の蓄積によるものであり、それは普遍的なものとは言えない。あらゆるものは他との関連の中の存在でしかなく、固有の自性というものはない。1が絶対的な固有のものとして存在していれば、1と1で2という存在にはなりえない。それは1と1が存在するだけである。1というものが2というものに変わるのは自性がないからに他ならない。取得した知識などは、あくまでも全体というものではない個人という主体での考えに過ぎない。空とは、私というものではない全ての関連する「生命(いのち)」という本質的な存在の理解なのである。命は私が存在する前の何億年も前からあらゆるものに存在しているものである。その意味で私を考えれば、私という固有の存在は無くなり、我欲にも意味は無くなる。我欲という欲望が無くなれば苦というものからも解放される。悟りとは、この私をはなれた全ての生命という存在そのものを意識したものである。

又してもくどくなってしまったが、結局は「わたし」という西欧の考えによる個人という固定したもので世界を考えるという、主体とその対象の客体という二元性の考えではなく、個人は全体の生命のつながりの中の常に変化している一部のものという考えの違いであろう。どちらに優位性を見るかは、それこそ個人が考えるという矛盾になるけれど、その根底になるものの理解の重要性を考えていただきたい。
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