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太政官制度という官僚制度

太政官制度とは、1300年前に作られた大宝律令という始めて刑法を規定した法律により作られた国家制度である。それは中国の律令制度をまねたものだが、中国が皇帝という者の独裁をするための制度に比べ、大宝律令では藤原氏が作り上げた天皇を象徴にした官僚による政治の独占をするものであった。それが連綿と現代まで続いているのである。鎌倉時代から江戸時代までは武士の政権が続いたが、かたち上の制度としては天皇制は続き、時の将軍はその権威を天皇からもらった征夷大将軍というものに依っていたのである。明治になっても基本的に同じであり、天皇は象徴的なものにすぎず、唯一、軍隊の指揮については独裁権を保持したために軍官僚の暴走を招き、結果として国家の破綻を招いた。戦後は敗戦によって民主主義という制度が導入されたが、実態は自民党という傀儡を使って裏で官僚が権力を握ったままの国家体制は変わらず、それが現在も続いている。政権交代して政治主導という言葉で国家体制が変わると期待したが、官僚によるマスコミを使った世論操作によって、民主党の大部分の議員たちは見事に国民を裏切って官僚主導国家に戻しつつある。

中国と日本の違いは、皇帝による独裁とその交代が必然として存在している事である。皇帝は神より下の存在で政権の存在意義を失えば天の神の命によって革(あらたに)するという革命の論理がある。日本では、藤原不比等という天才的な官僚によって、天孫降臨神話により神と天皇は同格となり、交代の概念が否定されたのである。これにより官僚制度は常に実権を持つことを可能にしたのである。実際に明治維新の政府は、明治憲法ができるまでは太政官政府と自ら称していた。天皇制を維持する事は官僚にとって最大のメリットがあるのである。

戦後は天皇制も維持されたが、それに代わる民主主義制度が導入されたために、官僚たちは三権分立の骨抜きとして閣法制度というもので立法権を把握し、さらに司法を行政府とつなげる事で三権の全てを掌握し、民主制度という名前の裏で国を操り続けている。国民は戦後から今日に至るまで、長きにわたり何も考えることなく民主主義の国と勘違いしたまま今日まで来たが、インターネットなどの情報手段の出現によって、ようやく正しい情報を手にし始めた。戦後以来マスコミと御用学者によりずっと国民は騙され続け、さらには国会議員という裏切り者たちによっても騙され続けているのである。その結果、自分たちの払う税金は国民には還元されず、官僚を主体にした公務員や大企業などによる官業複合体に対してばら撒きが続けられたままの国になっている。

もし、このままの状況を続ければ、わが国は明らかに社会主義以下の国に成り果て、行きつく先は生産性のない公務員国家による三流以下の衰退した国家しかないだろう。太政官制度という国家の形を変えない限りこの国に未来はない。
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