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戦争なき世界は実現できるのか

米国によるイラクやアフガニスタンに対する戦争行為は何の結果も得ることなく終わりを迎えようとしている。イラク国民やアフガニスタン国民こそいい面の皮である。このような一国による勝手な都合による戦争行為を国連は非難するどころか西欧各国や日本までもがそれに加担してきた。いったい戦争はなぜ無くすことができないのか、世界中の人々は真剣に考えているだろうか。自国が貧しくて他国の事など考える余裕のない国民には過酷な要求かも知れない。しかし我々は何のために国連などがあるのかをもっと真剣に考えるべきだろう。特に第二次世界大戦の戦勝国の枠組みの中で作られた内部構造のままでは、現在の発展途上国の大幅な躍進が実現している世界の状況の中では、それが本来意図したもののように機能していない事は明らかだろう。特に安全保障に関する常任理事国だけの決定という構図は機能せず、結局は利権となっているだけのものに成り果てているだけである。

いずれにしろ以前から書いているように、世界は西欧の闘争の原理というものでは戦争はなくせないだろう。国家覇権主義は19世紀から機能しなくなったとはいうものの、その背景にある思想が変わっていなければ、実態は別の形の他国への侵略が何らかの名目で続くだけであろう。西欧の過去のやり方は、他国や他国民、並びに自然からの収奪経済に他ならないのである。冷静に分析すれば、現在の世界の不安定要素はイスラム社会に対するキリスト教国家による過度の反応と、その裏にある資源に対する利権獲得の争いが最も大きいと考えられる。すでにマルクス主義による共産国家対民主国家というイデオロギー抗争は終りを見ており、今後は発展途上国と言われた国々と米欧などの過去の先進国家といわれた国々との軋轢が問題になるのであろう。すでに核開発という問題によって米国中心の米欧とイランは敵対して、ホルムズ海峡の問題で一触即発のような報道が続いている。中東各国は民主化の要求で揺れ続け、東アジアは中国の覇権主義がどうなるかに各国が神経をとがらせている。その背景にあるものは西欧の科学技術による経済的な発展という直線思考である。それは自然の略奪により発展が続けられたものである。このままでは世界の資源の争奪がひどくなるのは明らかである。

このような状況の中から、我々は戦争というものをどのようななくすことが可能なのかの答えを見つけなければならないのである。残念ながら、今の我が国の政治家にも官僚にも、誰一人としてこのような問題を語れる人間が存在しない。戦後以来、長きにわたり経済の問題だけで政治や国家を考えてきた結果がこの結果であろう。そして平和憲法の問題をまともに議論してこなかったつけでもあるだろう。軍備を持たないという事と国を守ることは同じなのかに対する明確な答えを避け、曖昧なまま国防問題を避けてきたつけが至る所で噴出している。

答えは以前から主張するような西欧の闘争の思想からの脱却であろう。人間中心の科学技術による発展だけという思想ではなく、一神教による特定の神を信じる者だけが救われるというものではなく、自然との共生、他国民、他宗教の神々との共生、宇宙の全てに生命を見る闘争ではなく和合の思想、それらと闘争という競争の組み合わせの新しい思想が必要なのである。仏教や本来の意味する八百万の神の発想のある神道が意味する、全てのものに生命を見る思想が世界を救いうる思想になる。世界は西欧の思想こそが正しいという呪縛から脱却する必要がある。それが何を意味するのかは、明治以来の西欧思想で今日まで来た日本こそが理解できるものである。我われこそが世界を戦争や自然破壊を止める事ができる思想を語れるのである。もっと我々の過去の歴史と西欧の思想、仏教や中国の儒教などの思想を学ぶ必要がある。現在の思想は紀元前の農工革命による都市文明の時に作り上げられた思想である。工業化による新しい文明ができた世界に対する新しい世界的な思想が必要なのである。
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