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世界が新しい思想を必要としている理由とは

過去、世界は交通手段や通信手段において現在とおおきく異なり、その結果、世界はとても大きな広いものであった。結果として一つの国家という中での思想は他国にとって排他的なものであるという矛盾は殆どなかった。農業革命による都市文明の発展が進み、国家というものが拡大し、複数の国家をある国家が征服するという状況がおきた時でさえ、世界はまだ未知の地域が多数存在していた。その状況は、西欧の科学技術の発達に伴い変わり始めて西洋と東洋、米国大陸という関係の中で徐々に世界は狭くなっていった。その狭さに比例する事で国家間や文明間の闘争は酷くなり、18世紀の後半に産業革命がおき、結果として西欧文明が世界を統一していく。

人類は都市文明が勃興した紀元前500年前後の500年間に偉大な思想家を生んだ。ソクラテス、釈迦、孔子、およびキリスト教の先駆者たる第二イザヤである。農業革命によって、人類が過去とは比べ物にならないほどの高い生産力によって発展をし始めた時である。そして西欧文明が世界を征服するとともに西欧至上主義が世界を覆い始めた。わが国は有史以来、インドと中国からの偉大な文明と思想を学び取り、明治以降は西欧思想を取り入れて今日に至っている。15世紀以来、世界中が西欧の国家覇権主義により大きく影響を受け、スペイン・ポルトガルによるトルデシリャス条約では、両国が世界を真っ二つに分けて支配するという事までがおきた。そして英国がこれらの国を打ち破り海上支配権を持つことで大英帝国が出来上がると共に、産業革命と共に世界の覇者となっていったのである。西欧の思想の元はユダヤ教から派生したキリスト教であり、それは中東ではイスラム教となっていく。東洋においてはインドで発生した仏教が中国やスリランカを経由して東南アジアや朝鮮、日本に伝播する。一方、中国においては儒教が国家思想になっていった。これらは工業革命が起きて現在になっても基本的に変わっていない。

しかしながら、高速の航空機やITによる情報通信革命により、世界は過去とは比べ物にならないほどに狭くなっている。一国で起きた出来事の情報は、IT技術による通信によって瞬時に世界を駆け巡り、新しい製品は高速交通手段で瞬く間に世界中の市場にあふれかえる。このような中では、過去の特定の集団だけに求められた規範や価値観だけでは何も機能しなくなっているのは明らかである。人類は二度も大きな世界大戦を経験したのに、未だに世界から戦争はなくならない。物質文明が大きくなることで、人間の精神の問題はどんどん希薄になり、神という存在さえも、科学技術で証明されないものは迷信という一言で片づけられる世界になっていこうとしている。人間が中心の自然を搾取する事で発展してきた世界は、逆に自然破壊によって苦しむという皮肉な結果を生んでいるように、世界はあらゆる意味で過去の西欧思想だけでは立ち行かなくなっている事が明らかにされている。

このような背景だからこそ、世界には過去の狭い範囲だけに求められたような価値観に基づいた思想ではないものが求められるのである。それは何が最も求められるものであるのか。それこそ何度も主張している多神教に基づく共生の哲学である。明治以来、西欧思想に基づいて国を作ってきた経験のあるわが国は、それ以前の仏教や原始神道の自然崇拝という長い伝統を持っている。そこにある、あらゆるものに生命を見る思想、他人をいたわる利他の思想、個人というものを深く見つめる思想の中にこそ世界を救いうる大きなものがあることに気づくべきである。自国の歴史の中にこれだけ優れたものがあることに現代の日本人は気づいていない。人間中心の経済というものだけではない新しい思想を発信できるのは日本だけである事に気づかなければならない。我われこそが西欧思想も知り、西欧以外の思想も知っているのである。世界を救える新しい思想を提供できる大きな可能性を持っているのである。
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