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世界を一つにする文明の成立のために

現代人は、世界というものは狭いと思っているはずである。高速の自動車、鉄道、航空機、船舶、などの移動手段をもち、過去の人間が数日や数ヶ月かかって移動した距離を瞬時に移動できる時代になった。情報はIT革命や衛星通信技術により、瞬時に世界中を駆け巡る。しかし対立というものは止むことがない。

トインビーは16世紀には6つの文明がユーラシア大陸に存在していたという。①西ヨーロッパ文明、②東ローマ文明、③アラブ文明、④ヒンズー文明、⑤中国文明、そして、ちょっと無理のある⑥日本を中心とする極東文明、というものを述べた。これらの文明は併存していたのであるが、なぜ併存していたのかと言えば、それは過去の地球の中で人間の移動は多大のリスクと時間が必要だったからに他ならない。現在から比べれば、物理的ではない意味で、地球は巨大な惑星であったのである。そのために各々の文明圏に生きている人々は、その所属する文明こそが世界だと思っていたのである。

これが大きく変わった原因は、デカルトなどの哲学者による、物質と人間というものの分離という思想から科学技術を発達させた西ヨーロッパ文明であった。科学技術の発展につれて、物質的な豊かさと共に強大な武器の所有は他文明を圧倒し、巨大な船の建造によって世界を徐々に狭くしてゆく。その結果が国家覇権主義というものになり、西ヨーロッパ以外の文明の国々は、その文明のもとに屈するか、又はそれを受け入れるのかという、どちらにしても西ヨーロッパ文明化を選択せざるを得ない結果となったのである。現在の世界は、明らかにその延長上にいるのである。科学技術により自然を支配して、人間の欲望を満たさんとする歯止めのない文明が世界を覆っている。自然破壊は止まらず、原水爆などの巨大で制御不能の武器の所有は、それを使用した瞬間に人類そのものが滅亡する危機にある。しかし文明間の対立は無くなろうとしない。明らかに西ヨーロッパ文明では行き詰まりがはっきりしているのだ。では何が求められているのであるのか、我々は真剣にこの問いを考えているだろうか。

地球人口は70億を突破し、近い将来100億にならんとしている。もはや過去の科学技術を無視した生活には戻れない。人類が滅亡せずに生きてゆくためには、新しい思想の元の共存共栄の世界が必要である。それはどのようにして達成できるのであるのか。現在の文明を発達させてきた思想を見直さなければならない。西欧の思想の根底にある「闘争の原理」を変える必要があるのである。ヘーゲルに代表される国家の絶対化と、正・反・合、という弁証法による発展という闘争の原理、これだけでは世界はもはや行き詰っているのである。個々の国家は、過去の基準から言えば、あまりにも小さいものでしかなくなっているのである。世界は一つの国として考えざるを得ない状況にあるのだ。各国というものは、一国の中の地方として捉えるしか人間も地球も生き延びる道はないであろう。

闘争ではなく共存に必要な思想、それは東洋の多神教、なかんずく日本仏教の中に見られる和合の思想こそが求められるのである。人間だけでなく動植物などや、果ては山や川などの自然にさえ生命を見る思想が求められるのである。西欧思想は人間中心の思想である。動植物や自然は人間のために存在するという原則がある。それを変えなければならない。科学技術は支配のためではなく、共存のために使うべきものに変える必要がある。我々は、あることを知らず知らずのうちに目的化してしまう。ITに見られるような新しくて便利なものが出現する。本来、それは何かを達成させるための道具に過ぎないが、それで生活できることから道具が目的化してしまうのだ。同じように科学技術の絶対信仰のようなものがある。しかしそれは間違いだろう。道具は道具でしかない。原発を見よ、誤った使い方をすれば、結局はとんでもない結果を生み出すだけである。知識ではなく智慧の復権が必要なのだ。

明治以来、西欧化によって進んできたわが国は、成功と失敗を繰り返しているが、依然として国民は目標を失っている。何のために生きているのか、生活は何のためにあるのか、そんな閉塞感がますますひどくなっている。戦後は、心の教育というものが消え、西欧の物質万歳という欲望追求の世界が、一層、顕著になった結果であろう。過去に戻れとは言えないが、仏教や儒教、八百万の神という原始神道の思想などの優れた精神を再度見直さなければならない。世界を救う思想は日本の中にある。
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明治以来の日本の教育が忘れてきたもの

これまでも何度も明治維新の意味と、その後の日本がたどった道を西欧の近代の思想に基づいて解説を試みた。その意味では、現代の日本で問題になっている教育制度も同じである。それを説明してみたい。

明治以前、とくに江戸時代には鎖国という条件はあったにせよ、幼少期の教育の基本は心という精神の問題が主体であった。武士階級は朱子学という儒教に基づく倫理、その他の農・工・商の子供たちは、寺子屋というお寺での読み書きそろばんのほかに、仏教による倫理教育がなされた。もちろん、武士階級にも家庭内でも仏教による教えに基づく倫理的なしつけはなされていた。精神の重要性は、結局、その後になされた知識教育にも大きく影響し、知育という優れたものになり多くの素晴らしい人間が育てられた。それは幕末の武士たちの優れた外交感覚や、明治維新という変革を実行する大きなバックグラウンドであったことは間違いのない事実である。そしてその他の農・工・商の者たちの識字率も、人口比率においては世界で最も高いになっていった。この事が明治維新での変革を、世界が驚くほどの速さで成し遂げられた原因となってゆくのである。教育の問題と、その正しい方法がどれほど重要であるかの見本であろう。

その後、明治維新はすでに何回も述べたように、西欧の科学技術による発展というものをモデルにした国家にするため、教育もその目的のものに変えられていった。富国強兵のために天皇を中心とした忠君愛国という修身教育が精神的な教育として幼少の子供になされ、その後の知識は英語と数学を主体にした西欧の科学技術移入のための教育に変わった。この結果、日本人が過去から持っていた仏教、儒教や、八百万の神という原始神道などの全てのものが棄て去られたのである。しかし太平洋戦争の敗戦までは、国民の大多数はまだ過去の仏教の利他の思想や、原始神道の神仏習合などの思想は色濃く残っており、こころの問題での急激な劣化というものは起きなかった。それが問題化するのは敗戦による国家体制の大転換からである。

米軍を主体にした占領軍は、日本の過去の軍国主義による富国強兵という体制を解体すべく、天皇を神とする国家神道に基づく全ての思想教育を禁止した。この結果、昨日まで正しいとされた思想教育の全てが変わり、正しいものが間違ったものになり、民主主義に基づくものだけが正しいものとされる価値観の大転換を余儀なくされた。ここまでは正しいやり方であったが、教育者たちは極端な変更を行わざるを得なくなり、そこでは全ての精神的問題は封印されていったのである。国民も敗戦から立ち上がるために、過去の問題を忘れて生活の再建に必死になってゆく。天皇のために死ぬという重しが無くなった事で、国民はむしろ民主主義というものの導入に反対はしなかった。その結果、教育内容の大転換も大きな反対も無く、すんなりと受け入れられたのであるが、心の教育の根拠を何に求めるかという議論がなくなったのである。

このような背景から、教育からは精神的なものがすべて消え、道徳の拠り所を何にするかの議論さえなくって今日に至っている。勤勉な国民のおかげで経済は急速に復興し、又しても世界が驚くほどの速さで日本は復興した。逆にその成功のために、教育はますます技術というものだけが大事にされ、戦前のような英語と数学だけが主体のままにされ続けてきた。輸出による経済的な重要性ばかりが叫ばれ、科学技術の必要性は戦前にも増して大きくなり、ついには日本列島改造論という自然を大きく作り変える方向となって行った。家庭でも、良い学校、良い会社、高い給与という物質的欲望追求の社会となってゆく。それは基本的に現在も変わっていない。教育から心の問題はますますなくなり。知識人といわれる者たちは、民主国家の元での心の教育というものを放棄したまま義務を果たしておらず、精神の荒廃は無差別殺人や「いじめ」という問題を加速させている。さらに公務員や政治家、知識人たちの中にも平気でウソをつく者が続出している情けない社会になってしまった。

今、この国は本当に心の問題を教育の中にどのように取り入れるかを真剣に議論しなければならない。すでに遅れに遅れた問題ではあるが、このまま放置すれば道徳なき社会となってしまい、それは過去の歴史が示すように社会から国家の崩壊というものになっていくだろう。我々は真剣に教育の中に心の問題を入れなければならない。その基本を何に求めるべきか、早急な国民的議論が必要である。

日本における保守という大いなる勘違い

以前にも靖国の問題を書いた。我が国では明治の天皇を中心とする中央集権による富国強兵の思想こそが「保守」であると勘違いしている国民が多数いる。全くもって笑止千万といわざるを得ない。歴史を正しく見れない者がいかに簡単に権力というものに騙されるのかという典型であろう。保守とは過去の歴史を正しく認識し、その歴史の中から善きものを継承するという進歩的な思想に他ならない。過去の間違った出来事を繰り返すことを保守などという言葉でなぞるなど断じてあり得ない。再度、靖国の背景となった明治とは何かを思想的な背景で語らなければならない。

すでに何度も繰り返し訴えてきたが、明治維新とは科学技術を背景とした圧倒的な力を持つ西欧諸国による植民地化への恐怖から、当時の武士階級の正確な歴史認識の下で国家を西欧諸国と同じ形に大変革する目的でなされたものをいう。そのために、わが国の過去からあった仏教や儒教などの全ての思想を分離する意味で「廃仏毀釈」というものを行い、江戸期の国学をもとにして新たに作られた国家神道というもので国民をまとめ上げ、西欧の科学技術の移入により富国強兵の国にすることが図られたのである。従って、天皇は神格化され、国民の精神的なよりどころとして教育勅語なるものにより、国のために尽くす忠君愛国という修身教育がなされたのである。戦争で天皇のために死ね、死んだなら魂は靖国神社というものに祀られるという壮大な仕掛けが施された。全てが緻密に計画された見事な国造りであったと言わざるを得ない。我々はそれをすべて否定してはならない。少なくとも明治維新でこのような明確な意図のもとに新しい国家を作り上げた武士たちは素晴らしいものであった。結果として日本は、非西欧諸国の中で唯一、西欧型の国家に変身し、西欧列強に伍すまでの国に成長したのである。問題はその後に、国の形を時代に合わせて変えられないという大きな間違いを続けたことが国家を破綻に導いたのである。19世紀にはすでに西欧では時代遅れになっていた国家覇権主義というものをまね、朝鮮や中国の侵略に始まり、太平洋戦争という大きな間違いで破綻したのである。

未だに「保守」というと、この明治期の軍国主義的な天皇を中心にした中央集権による富国強兵国家に戻ることを意味してると誤解している愚かな者たちの多い事、本当に情けない事である。特に、自民党を中心にした時代錯誤の政治家たちの多さには辟易する。このような者たちは保守ではなく、単なる歴史認識のない倒錯者に過ぎない。彼らが欲しいのは、遺族会というものからの選挙の時の票だけである。安全保障という名前のもとで、過去の戦争の犠牲者の悲惨な実態を無視し、軍国主義的な国に戻すような愚を二度としてはならない。保守などという言葉に騙されて安易に過去の国の形に戻せば、とんでもない時代錯誤の国になり、世界中の笑い者になるだけである。ここでは、保守というものの拠り所の一つの国学というものの何たるかについて、簡単に説明したいと思う。

国学とは、江戸中期に契沖により始められた日本の古典を文献的に研究するものである。これが賀茂真淵、本居宣長、平田篤胤を経て、明治の国文学者や国史学者に引き継がれてゆく。国学は契沖から真淵に至る過程であるナショナリズムを宿す形に変容していく。それは日本は、中国やインドと異なり神の国であり、神の道は明るく、清き直ぐき心の道という万葉集に顕されたものであるとするようになる。この考えは宣長にそのまま受け継がれる。但し彼の場合は、それは万葉集ではなく古事記にあるとされてゆく。そしてその古代世界の理想化は、平田篤胤に至って、ますます著しさを増し、討幕のイデオロギーにまでなるのである。

しかし、この国学の大いなる勘違いは、古代日本が神道だけの国で仏教も、儒教も無関係の国だという間違いの上に立った学問に過ぎない事である。古事記ができたのは712年であり、すでに日本は仏教国家であった。そしてその時代には、大宝律令の制定など、大きな政治的な問題で揺れていた時代でもある。決して神の清き直ぐき時代などではなく、政治的にどろどろの時代であった。このような背景を正しく見ない国学は、基本的に中国の朱子学をなぞったものといわれる。朱子学も過去に帰れ、過去の良き時代こそが正しいとするものであるが、中国には過去に帰れば儒教というものがあった。しかし日本にはそのようなものはなく、古事記なども基本的には外来、特に中国的な思想がどっぷりと入ったものでしがなかったのである。そして、この国学の思想から、古事記の中の天孫降臨神話などによる天皇の絶対化が図られて、国家神道というものが捏造されていったのである。富国強兵のために、日本は強い国でなければならないという思想を背景に、神国日本、戦争に負けた事のない強国日本という思想が作られていったのである。

我々はこのような明治期の思想の背景を正しく知らなければならない。その上で「保守」とは本当に何かを各人が正しく認識する必要がある。マスコミや御用評論家、知識人といわれる者たちに騙されてはならない。国民自らの正しい歴史認識こそが必要なのである。
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