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我が国は民主国家ではなく官僚国家である

これまで西欧の政治思想を一通り説明してきたけれど、どれだけの日本国民は正しい歴史認識を持っているか疑問である。明治以来の教育は、ただひたすら西欧のように科学技術により強い国にすることを主眼にし、それが現在まで連綿と続いている。歴史教育は日本では試験のための暗記モノに成り果てている。そのような中で、我が国は安倍自民党がやりたい放題の国になってきている。この元凶は、明らかに裏にいる官僚制度にあることを説明しよう。

西欧の政治思想史の中で、近代国家の枠組みを形作る端緒は宗教改革であった。これにより全ヨーロッパに普遍的な制度は崩れ、人間は決められた制度による他律から、自らが主体になって考える自律の存在となる。そして国家の枠組みも、封建制度から近代的な国家のような個別の枠組みが作られ始める。その背景もやはり、自律した存在としての制度の枠組みで国というものを考え始めたからである。マキャベリが始めた理性ではない現実の生活、政治というものを、明確に権力のものとして制度を築き上げることを提唱する。それまで個別の国家という概念はなく、一定の権力者と、多数の貴族階級で構成されていた中世の共同体国家が大きく変わることになる。国というものは過去の都市国家という Civitas(キビタス)とか、Republica(レプブリカ) 又は Commonwealth(コモンウエルス)とか呼ばれていた公共のものから、Stato(スタト) と呼ばれる今日のStateと呼ばれるものに変わる。その中で国家とは、権力者による支配の手段となってゆくのである。

この考えが絶対主義というものになり、地域国家という個別の存在を生み出す。これまでの国というものは、国王が複数の地主である貴族や、戦争のための貴族などとの契約の上に存在していたものから、一人の権力者の作り上げた制度のもとで、税金を徴収し、徴兵し、宗教という精神的なものも規定する国家が作られるのである。そして16世紀にフランスのジャン・ボーダンという学者が、さまざまな身分、人種、職業、言語、宗教を超えた絶対的な存在としての「主権」という概念を作り上げる。国家主権というものができ、これがのちに人民主権とか国民主権というものに変わってゆくのであるが、当初は絶対主義の中の国家の絶対権力を意味していた。

過去の複数の貴族との契約の上に存在する権力者と異なり、絶対主義のもとの権力者による国家は、その権力者としての国王の持ち物国家という意味で、国王の家産であるという家産国家と呼ばれた。そして契約する貴族に代わって官僚というものが出来上がる。これらの官僚は、国家の行政としての財政や軍事機構の管理、裁判などの業務のために、過去の貴族の役割を取り上げて肥大した存在になってゆく。絶対権力者の召使い的な存在でありながら、その権力は拡大してゆく。こうして過去のヨーロッパに普遍的な制度であったものが、この絶対主義による国家という枠組みで分割され、個別の国家が出来上がっていったのである。これがのちに民主主義による民主国家に変わってゆく。

さて、我が国はどうかというと、明治維新というもので、この絶対主義による天皇という権力者の家産国家が作られた。当初はそれを設計した武士たちの意識の中に、その絶対主義の危うさは理解されており、危ういバランスの上に憲法を規定して運営されていたが、日露戦争を境にして、これらの建国を果たした武士階級の人々がいなくなると、試験によって高得点を取った官僚たちの出番になる。国家の運営が官僚に取って代わられる時代になったのである。結果はご存じのとおり太平洋戦争での自滅である。その原因は、官僚制度の必然的な欠陥である責任回避と組織擁護という、持って生まれた業病的な問題である。従って、中世のような過去の制度の踏襲が大事になり、新しいことをする能力がなくなってゆく。結果として間違った方向に進んでも変えることができない硬直した国になっていったのである。

戦後、日本は占領軍によって憲法が作られ、かたち上は民主主義国家となる。しかし実態は明らかに官僚国家であった。それを隠すために自民党という政党が作られ、官僚たちは民主主義という言葉の陰で、閣法制度という隠れ蓑を使い立法権を確保し、司法権についてまで長きにわたり国民に隠して支配をつづけ現在に至っている。民主党による政権交代で何が起きたか?小沢一郎の「政治とカネ」という陸山会事件をはじめ、国民に対する税金を使うための政策は全て「ばら撒き」という非難がおき、普天間移転でも「日米関係が壊れる」などという、官僚によるこれらの数々の「造語」でマスコミを使った大プロパガンダにより潰された記憶は新しいだろう。裏には明らかに官僚たちによる暗躍があったことは間違いない。それに代わって登場した安倍自民党に対する180度違う対応は、本当に信じがたいほどのへりくだった報道しかしていない。この国の官僚機構を変え、厳格な三権分立を機能させない限り、我が国は絶対に民主国家にはなりえない。日本国の実態は、自民党を隠れ蓑にした官僚社会主義国家なのである。
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明治維新がいまだに続く日本

過去に何度も書いたことをさらに続けよう。明治維新とはなんであったのか?日本人は何を考えて今日まで来ているのであろうか。我々は明治維新を正しく論評できるだろうか。教科書にはないことを述べようではないか。

1868年の明治維新から、太平洋戦争の敗戦の1945年までは、たったの78年でしかない。いかに我が国が急激に変化したか、一体どれだけの国民が理解しているだろうか。明治維新の本質は、江戸末期に存在した多数の優秀な武士たちの存在で作られた国家である。その背景にあるものは、西欧の科学技術による圧倒的な国力と武力の正しい認識であり、それによる侵略の脅威の回避を懸命に考えた結果である。そのために開国し、天皇を頂点とした中央集権国家を作り国民をまとめ上げ、西欧の制度と科学技術の移入を最優先にした富国強兵政策の導入であった。新たに作られた国家神道により国民を精神的にまとめ上げ、教育では数学と英語を中心に科学技術の移入のための体制が作られ、国家の運営のための法律教育も最重要視される。過去にあった仏教や儒教という精神的なものは断ち切られ、あらゆる意味での西欧化が図られた。勤勉で、また皮肉にも、過去の仏教や儒教思想の高い道徳観を持った国民は、世界が驚くほど速く西欧化を成し遂げ富国強兵国家が出来上がった。問題は、それを作り上げた武士階級の人々がいなくなってからの国家の方向性にあった。19世紀において西欧の国家覇権主義は機能しなくなり、各地で問題が起きて変わらざるを得なくなった時代に、それを認識しない我が国の武士階級を継いだ政治家や官僚たちは、依然として天皇中心の富国強兵の連続を続けるだけで、朝鮮や中国への侵略を拡大し、結果として太平洋戦争で破たんするのである。明治憲法は形だけは三権分立や、結社や思想の自由を述べていても、所詮は天皇のもとに全てが決められるだけの国家であったことは明らかである。富国強兵を短期に達成させるため、日本は天皇という絶対権力者の持ち物国家に過ぎない国であった。国民という概念はなく、「臣民」というものが憲法で書かれていた通り、全ての人民は天皇の持ち物であったにすぎなかった。

敗戦ですべてのものが180度変わる。民主主義国家のために憲法が作り変えられ、臣民は国民となり、三権分立の全国民の参政権のある国家に変わるが、敗戦で疲弊した国民は、その内容の実態を熟考する間もないほどに日々の生活に追われる。食べることと良い生活のために国民は懸命に働き、物質的な欲望満足が第一の価値観の国になる。その裏で、自民党という官僚と一体化した政党は、民主主義の根幹である国民主権の存在をなきものにするために、あらゆる意味で国民統制を復活させようとしてきた。立法府の存在を無視するために閣法制度を作り上げ、官僚が法律を作り、国民を裁く司法までも官僚支配のもとに置かれる。国民は選挙で選んだ国会議員が全てを決めているかのような錯覚の中に置かれ、日々の生活の向上だけが目的化した中で何十年も時間が過ぎて行った。米国の存在は米軍の基地支配として残り、主権の問題は語られず、結果として国民の権利は大きく阻害それたままになり現在に続く。教育も明治維新と変わらず、基本的に米欧の思想と科学技術の移入が主体のまま何も変わらず、英語、数学、法律、そして科学技術を使う工学部が大学教育の中心を占めたまま残る。民主主義のなんたるかの教育は殆どなく、ましてや民主主義のもとで求められる道徳という存在までが議論されずに今日まで来ている。国民は、未だに経済という物質的欲望満足だけが目的だと思って、戦後から何も変わっていないように見える。民主主義のなんたるかを理解してるとはとても思えない。

米欧がその思想でも行き詰まりを見せ、経済的にも衰退をはじめている現在、世界の枠組みも、思想においても、あらゆる事が変わらなければ何も機能しなくなり始めている。しかしながら、この国は依然として官僚と一体化した自民党体制のままの国で、何も変化ができない国のままにいる。我々が求める平和や安心できる国というものまでが、原発や米軍の基地の問題で滅茶苦茶になっている。日本人は、あまりにも明治維新で作られた国家のために過去を忘れ、本当の意味の日本人の思想を忘れてきた。その過去の仏教や儒教、自然崇拝の本当の原始神道などの思想には数多くの宝石が隠されている。それによって世界を平和で豊かにできるものが多数ある。明治維新を本当の意味で正しく理解し、我々は本当の意味の日本人に帰らなければならない。それこそが21世紀に日本が求められていることである。
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