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現代の朝敵とは民意に反すると同義語なのだろう

過去の我が国において国家を操る手段に用いられた言葉は「朝敵」である。その最たるものは、幕末における薩長が行った徳川幕府に対する工作に見られる。実質は薩長による革命であるが、「錦旗」を偽造してまで戦いに使用したことに見られる「朝敵」という概念の利用である。尊王攘夷という言葉を利用し、徳川幕府を倒すことで近代国家を作り上げたが、皮肉にも徳川時代の凛とした武士道精神を持つ人間がいなくなった途端に、単なる欧米の帝国主義をまねするだけの情けない国に成り果ててしまったことが全てを表している。結果は太平洋戦争という敗戦であった。

その結果もたらされたものは「民主主義」という制度であった。官僚側はここでもしたたかであった。この制度を最大限に利用したのである。国民主権と言いながら、実質は官僚側が主導する政治形態を巧妙に作り上げた。その最たるものが議院内閣制を利用した「閣法制度」と議決権を有する参議院という制度である。これによって法治国家の基本である立法権を確保し、議会による決議で政策が決定されることを2つ存在させることで困難にした。政治の混迷を利用して、民意ではない政党間の妥協以外に物事が決定できない制度が作られたのである。従って「民意」というものを作るために「記者クラブ制度」という国民に対する世論操作の機関が作られた。このような事は、許認可制度という単純なものによって簡単に実行できた。現実にはそのような法律を作って、自分たちで運用すればすべての企業は官僚たちの意のままである事は今も変わっていない。時代が変わるごとに企業形態が変わる節目で、リクルート事件やライブドア事件のような、経済的な新しい事象にたいする検察という官僚側の権力の行使を見れば明らかである。

日本国民というものは、民主主義というものを自分たちの歴史的な体験から取得したものではなく、敗戦によって与えられ、実行を強制させられた「制度」であったがために、本来の機能がゆがめられたことについての認識が今でも希薄である。なんでも「民意」と言われれば、それが民主国家の金科玉条化のような錯覚に陥り簡単に呪縛にかかってしまう。マスコミによる意図的な世論調査という世論操作を見れば明らかであろう。その事は民主主義という制度が実際に機能するためにどのようなものでなければならないかの教育の欠如に明確に現れている。わが国における民主主義というものの教育は、単なる制度以外に実践的にどのようなものであるべきかは何も行われていない事を見ても明らかだろう。裁判の結果の有罪率が99%以上という異常な数字が何であるかを考えてみるべきだ。これ一つを取って見てもこの国が民主国家なのかを疑うに十分ではないか。

三権分立の実質的な確定は急務である。現在のような政治の在り方が混迷する全ての元凶は政党間の考えや政治家の問題ではない。「制度」というものをつかって歪められているものを矯正する以外に方法がない。その意味では政権交代が第一歩であり、小沢一郎の言っている「政治主導」は本当に大事なお題目なのである。但し、そのお題目の何たるかを理解しなければ、結局は元の木阿弥に帰すだけである。民主国家になれるかは我々が本当の意味で、「何が朝敵なのか」、を理解する事である。もはや我々には同じ間違いを何度もするほど時間はない。世界は大きく変わっている。我々も変わらない限り三流以下の国民に落ち込んでゆくだけだ。

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