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この国を危うくしている元凶とは何か

私は繰り返し我が国の三権分立のなさを投稿した。その元凶に官僚による権力の集中を見たからである。何度も投稿しているように、法治国家という大前提がある限り、「法律は誰が作るものでなければならないのか」という大前提を議論しなければならない。三権分立の本質はここにある。立法権は国会になければならないのである。それは主権在民である国民の代表者が作るものでなければならないのである。しかるにこの国が行っている「閣法制度」とは何なのか、誰も議論さえしようとしていない。もはやこの国は自浄能力すら無くしたかのように見える。

過去の明治維新の成功や、戦後の経済的な成功は何が原因であったのであろうか。それを詳細に分析し、その原因を語る知識人と言われる人々が殆どいないのは驚くべきことである。すでに投稿したように、この国の知識人と言われる人々の住む世界はあまりにも狭い。学会とか教授会とかの日本に独特のムラ社会では全員が同じ方向で進むことが求められる。新しい考えや違った考えは「出る杭は打たれる」によって徹底的にたたかれる。そこにあるのは既存の考えの踏襲でしかない。過去の成功にあった我が国の精神的な教育の存在をだれも顧みようとしていない。明治維新の成功は江戸期に存在した武士階級の高い倫理観と、武士以外の商人などの高い教育の程度である。戦後の経済的な成功にも、少なからず戦前の道徳教育に存在した倫理観というものの存在がある。天皇制という誤った国家体制によって全てを否定してしまった結果、戦後の教育には道徳というものの教育がすべて失われてしまった。この国は過去からの本当の意味の神道や仏教や儒教という全ての倫理的なものを放棄してしまった。

その結果がサリン事件や無差別大量殺人などの過去には考えられない事件の発生であり、さらには政治家の公約違反という「嘘」を何とも思わない考え方に代表される自分の利益だけの追求というさもしい考えの蔓延である。この事は権力を集中的にもつ官僚たちに最も顕著に表れている。自分たちだけの利益追求だけを考え、国家というものを考えずに省庁という縦割りの利害だけを考えた「公」という概念の全く存在しない公務員が生まれた事が大問題なのである。そこには閣法制度を悪用した法律による、責任を問われない行政行為という大きな問題をこの国にもたらしている。税金は国民のために使われるものではなく、自分たちの利益のため、または特定団体や企業という天下りのための補助金という政策のために使われ、本来の納税者には殆ど還元されない使われ方が当たり前のような異常な状態になっている。

我々は公的な仕事に就く公務員、義務教育の教員、国立大学の教授のような全ての税金によって多大な影響を持つすべての職業について、就職したら退職するまでを補償するような制度は認めるべきではない。一定の年数ごとに資格を審査したり、本当に必要なのかを検証し、必要がなかったり資格がないと認められるならその雇用を止める事が出来るような制度を作るべきである。過去からの制度だけを温存するようなら何も新しい変革は絶対に生まれない。それこそが今あるように過去の制度の温存だけが正しいかのような形になり、しかも倫理観の教育も受けていない者たちが存在すれば、公という概念が機能しないのは明らかである。そこに出てくるものは膨大な無駄である事はすでに立証されている。これを変えない限り我が国に未来は絶対に存在しない。税金で亡国の輩や制度を維持する必要がどこにあるのか、国民全員が考えるべきである。このままでは本当に近い将来、絶対にこの国は三流以下の国に成り果てる。

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