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「政治とカネ」ではなく「官僚とカネ」こそが問題だ

民主党、とりわけ小沢一郎に対する検察とマスコミによる「政治とカネ」という根拠のない非難は何年も続けられています。これは政権交代が起きる可能性が強まった時に、東北における小沢氏の影響力の行使により公共事業が不当に仕切られた結果、胆沢ダム建設に絡んで賄賂が提供されたとする筋書きが作られた事が事の発端です。まず主契約者となる鹿島建設などの大手ゼネコンの共同体が談合により、予定どおりに受注者に決定され、下請けをしていた水谷建設から小沢氏の政治資金団体「陸山会」に多額の政治資金が賄賂として支払われたとするものです。政権交代が起きたのは2009年8月の事ですが、胆沢ダムの建設の開始時期は民主党が野党時代の2004年の話です。予算の割り振りなど与党にしかできない事を、何で野党が取り仕切り、しかも業者に対してまで影響が及ぼせるなど誰が信じるのでしょうか。しかしながら、検察は2007年1月に陸山会、石川知裕衆院議員事務所、鹿島建設などに強制捜査を行い、その後、小沢一郎側の2004年の政治資金報告書の記載に違反があるとして、当時の秘書である石川知裕衆院議院ら3人を逮捕、起訴しました。そして小沢氏も共犯として告発されましたが、嫌疑不十分として不起訴になったものの、検察審査会によって起訴相当の議決が出されたのです。これが「政治とカネ」として現在も野党が追及している問題の概要ですが、すでに数々の事実から、この問題が初めから作られたものである事が明らかになっています。この捏造の詳細は、ここでも以前に書いた「小沢一郎氏に対する国会喚問という問題について」にリンクさせている週刊朝日の山口氏の投稿を参照してください。

さて、これで「政治とカネ」という言葉がいかに根拠のない意味のないものである事が分かったと思いますが、この根底にある問題はもっと根深いところにあるのです。それは官僚と政治家との権力争いという根本的な問題です。本来、民主国家においては、国民はその代表者を国会に送り多数を持って政治を行ったり、法律の策定を委託するものです。このために権力の集中を排除する意味で、民主主義は、立法、司法、行政の3権の分立を原則にしています。これについては1つ前に書いた「我が国の立法のあり方の問題点」に詳細を記載しています。そこで述べたように我が国の現状は、未だ民主国家と言うには程遠い状態であり、「官僚社会主義」と呼ばれる官僚による国家支配が続いている事を我々は認識しなければなりもせん。実際、官僚側は権力維持のために昔からマスコミを有効に活用し、国民を騙してきているのです。その最大の目標は、国民の代表者である国会議員たちの活動の制限による権力の拡大の阻止です。現実的な法律の策定が官僚側にある事を良い事に、政治資金規正法や公職選挙法などのあらゆる政治活動に対して曖昧な法律を制定することで多大な制限を政治家側に課しています。また企業、団体の献金を世論操作により「賄賂性の高い不当なもの」とし制限を試みています。こんなバカらしい考え方は世界のどこにもありません。一方の官僚側にはそのような制限規制や責任に対する明確な規定もなく、ましてや責任を問われる事による免職などについても驚くほどゆるいものしか存在せず、事実上やりたい放題となっているのが現実です。過去、我々の支払った税金から、グリーンピア等の数々の無駄な事業や年金のずさんな記録による不払い、等々の数え切れない不正がありますが、誰一人として責任を取らされ首になった者はいません。これに対して政治家は、政治とカネなどという曖昧な事で問題にされるだけで議員辞職に追い込まれています。これが民主国家でしょうか、こんな不公平な状態をなぜ我々は平気で許しているのでしょう。まったく国民は、権力側にいる官僚に対しては思考が停止されている状態にあるのです。税金の使われ方についてはここを参照して下さい。

さて、本題の「官僚とカネ」の最大の問題は、「予算の使い方」と「特別会計」にあります。まず「予算の使い方」です。これまでに指摘される通り「使い切り」という事がないと翌年の予算が削られるというバカげた慣習から、常に予算は100%以上使わなければならないとされています。こんなバカげたことを何年も行っている事自体が信じられません。又、使われた内容の監査を行う組織も身内である官僚組織の一部である会計監査院が行っているために、無駄の指摘がどこまでされているのか疑問視されています。内容に疑いがあれば「説明責任」が求められなければなりませんが、政治家にこの言葉が使われる事があっても、本来されるべき官僚側に使われる事はありません。全く不思議な国です。監査する組織の在り方も含めた予算の在り方は絶対に必要な問題ですが、指摘があっても議論されては消え、又同じように議論されては消えるという進展のない状態がずっと続いているのです。これは長年、政権政党であった自民党が,官僚と一体化した「官僚社会主義政党」であった事にも大きな原因があります。次は本題の「特別会計」です。

国家予算は一般会計と特別会計に分かれますが、我々の生活に直接関係する一般予算は90兆円程度ですが、特別会計はその2倍程度の規模を持ち、国会で審議される事もありません。内容も各省庁が管理する会計ごとに好きなように使われています。又、この資金から天下り先となる独立行政法人などの特殊法人に多額の税金が流されています。さらに驚いた事に、一般税収の半分以上が特別会計に流れているのです。ここ1,2年で少しは変わりましたが、基本的にマスコミは一般会計だけを予算として報道し、特別会計については殆ど報道しません。ここにも世論操作が行われている現実があります。さらに予算を通じて、補助金という名目によって、地方公共団体や大学、企業など全国あまねくその支配を強めているのです。海外では、勿論人口の比率などで安易な比較はしてはなりませんが、単純に見ても日本よりはるかに少ない国家予算の中で、我々より豊かで安定した生活を営む国が多数存在します。それは税金の使われ方が透明化され、支払った国民のために税金が正しく再分配されているからなのです。我々は「政治とカネ」などという瑣末なわずかな金額のことで視点を惑わされず、もっと巨額の本来、我々国民に対して適正に使われるべき税金に対して「官僚とカネ」という問題として追求する必要があるのです。民主国家にするには国民一人々々のしっかりした考えがなくてはなりません。マスコミなどの偏った情報だけに惑わされず、何が本質なのかを見極めて本当の意味の民主国家を実現しなければなりません。

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