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原発に見る自然を無視する思想に未来はないだろう

福島原発の事故により広範囲の地域や海が汚染されている。収束のめども立たず住んでいる地域を追われる人は増え続けるばかりである。自然が元に戻るには何十年もかかるだろう。コストが安くて安全であるという神話は見事に嘘であったことを露呈した。これほど人間の未来を奪い、自然を破壊するものは無いという典型である。この背景にあったものは何であったのか、その事を誰も論じない。全ては明治以来、わが国が追及してきている西欧思想至上主義に原因があると考えなければならない。では西欧の思想とは何であるのか。

1760年代から始まったイギリスの産業革命を背景とし、西欧諸国は植民地政策による国家主義により世界の覇権を握った。その思想的な背景は西欧の考えによる社会こそが正しく、それ以外のものは野蛮なものとする排他的なものである。科学技術の発達を背景に武器や産業技術、機械の発展によって人間至上主義、西欧人至上主義をすすめ覇権主義により他国の侵略を基本とした国家主義が蔓延した。インドや中国、東南アジア諸国、南北アメリカ大陸にも植民地はすすみ、世界の殆どが西欧の支配下に成り果てたのである。唯一、西欧から派生した米国が独立を果たし植民地から脱し、日本は西欧至上主義に転換する事で独立を守った。この近代ヨーロッパの思想的背景は何であったのか、それは西欧人という人間による自然や他の人間の支配である。人間は思惟する精神を持った理性的なものであり、それに対峙する自然などは物質としかとらえない。動物も植物も、山や川などの自然の全ては人間が利用する「物」に過ぎなくなった。自然の中に神を見る多神教などはキリスト教などの一神教に比べれば時代遅れの邪教に過ぎないものとしか考えられてしまった。西欧の背景にある宗教としてのキリスト教も、その根源にはキリスト教信者以外は最後の審判により殺戮される運命にあるものとされている。キリストは人間の原罪を背負って磔刑に処されて人類への愛を示したが、復活して神の国へ帰りいつの日か「最後の審判」をもって神の国を作るために再臨するのである。そこにある神の愛は限定されたものでしか過ぎない。

このように人間至上主義の西欧思想による考えや、限定的な神の愛であるキリスト教的思想が世界に蔓延した結果、自然破壊は止まらなくなっている。自然をものとしてとらえる限り人間による自然破壊は止められないだろう。米国という国の背景にあるピューリタン思想とはヨーロッパ諸国にある教会を中継した神との契約を、教会や神父などを省き、個人と神との直接契約という新教の精神である。そこに個人主義の原点があり、個人の欲望の拡大こそが正しいとするリバタニアリズムなどの源が見える。自然はますます物にされ、利用されるものとしか捉えられていない。個人の利益の最大化のために自由という言葉を旗じるしに戦争行為は収まらない。正義という言葉は自分たちを中心としたものに限定され、他国人の論理は無視されている。人類は過去300年間でかつてないほどの自然破壊を行ってきた。そしてその終焉は見られない。西欧文明は人間に物質的な豊かさをもたらしたが、神や自然はわきへ追いやられ、存在すら忘れ去ろうとされている。戦争はなくならず、そのための兵士以外の犠牲者は過去と比較にならないほど増えている。もはや西欧思想では世界は完全に行き詰まりを見せている。我々に必要な事は人間中心、それも西欧人中心ではない新しい思想である。生きとし生けるものすべてに神を見る多神教のような自然との共生を背景とした思想と科学技術が結びつく新しい思想が必要である。日本の明治以前にあった優れた原始神道や大乗仏教の根本思想にこそ世界を救う思想がある。過去の我々の思想を見直すことが大事なのに、時代遅れの考えなどと言ういわれのない非難が多い。それを非難する人々の大多数は、その内容も知らずに非難しているだけである事に恥ずべきであろう。一体、今の日本にこれらの思想を正しく語れる人間がどれほどいるだろう。それを見るだけでも、いかに我々が過去に持っていた宝物を無視しているかが分かるだろう。非難する人々は非難する根拠を示して非難するべきである。西欧思想こそが正しいという呪縛から離れない限り、第2、第3の原発事故は起きるだろう。絶対安全などというものは存在しない事が今回証明されたのだ。

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