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歴史を見れば自国と他国との外交の本質が見える

わが国に外交戦略がないという前に、一体、我々は何を基準に外国を理解しているだろう。大多数の人は依然として戦後の民主主義とか、日米関係を基軸とした外交という経済的な問題のような短期的な問題だけで考えているのではないだろうか。その意味で言ったら、わが国が戦前と同じの靖国神社を崇拝する国家神道の国に戻ったら、米国などの西欧諸国や発展途上諸国はどのように反応するか考えた事はあるだろうか。今の我が国がしている事は、過去の経済的な成功の亡霊を追っている理念なき国家そのものである。

中国は領土問題で他国と摩擦を起こし、自国内でもチベットやモンゴルなどの自治区という他民族への侵略を行い、わが国に対しても隙あらばと数々の企てを行っている。この事実の根底にあるものは、過去の日本をモデルとした官僚社会主義による覇権国家の思想である。社会主義という形で過去の儒教思想国家から決別する事で西欧の科学技術主体の国家に転換し、その物質文明をさらに追及する他国に対する覇権主義的な行動は歴史の必然であり、今後もしばらくは変わらないだろう。現在、中東で起こっている民衆革命の源も単なる民主主義の追求ではない。その根底にあるのはBRICs等の急激な経済的成功に端を発した自国の経済的発展に対する希求が民衆の根底にある。このままいくと、世界は多数の新たな覇権主義国家が誕生し、現在とは大きく異なる世界情勢になる事は必然のように思える。そこにあるものは過去のサミュエル・ハンティントンの述べた文明の衝突という理論ではなく、西欧の科学技術文明をもとにした文化と文化の衝突という新たな世界の出現であろう。

過去の西欧諸国は、その科学技術をもとにした圧倒的な武力や機械による産業の力によって世界を征服したが、その根底にあった思想は人間中心の自然を支配する傲慢なものであった。科学技術の発達が西欧諸国以外にも波及した現在、過去の西欧諸国の優越性が少なくなり、逆に後進国と言われた国々の人口の多さなどの経済的な優越性が世界を変えようとしている。しかし、これらの新興国家の思想が自然を支配するという考えにまで変わってしまえば、人間は再び同じ間違いを繰り返し、世界の環境破壊は取り返しがつかないほど進んでしまうだろう。またキリスト教と根源が同じであるイスラム教についても、他の宗教を排泄するような独善的な思想のままでは戦争は無くなるどころか酷くなることは目に見えるように思える。世界は文化間の思想的な衝突と、経済的欲望の追及の結果である過去の西欧主義的覇権主義によって破滅的な局面に突き進む危険をはらんでいる。

西欧思想の申し子であった世界のリーダーを自負していた米国も、過去のような成功を持続する事は不可能に思える。圧倒的な軍事力は持っていても、それによる他国の支配は出来ない。米欧諸国も、アジア諸国も、中南米諸国も、中東諸国も、アフリカ諸国も、全ての国が新しい世界局面に立たされている。このような時に日本の官僚的な変化を見ようとしない国は絶対に適切な外交政策はできない。それは東西冷戦の終焉の時でも変われなかった事実を見れば明らかだろう。硬直した官僚体制の国家は変化に対応できずに、どんどん三流以下の国になっていく。

今、我々日本人が自覚しなければならないのは自国の歴史と世界の歴史の精神史的なものと物質的なものとの双方の正確な認識である。その中にこそ世界と我が国が目指すものの本質が見えるはずである。漫然とした過去の一時的な経済的な成功をもとにした偏屈な考えでは何も真実は見えてこない。政治を政治家のものとして非難しているだけではなく、国民自らのものとして考え、実行する努力なしで立派な国は作れない。自国の立派な過去の精神的な思想の勉強の大切さを自覚するべきである。そして世界の思想の背景にあるものを見るという巨視的な感覚と、変化が必要ならば大胆に変化できる国にならなければならない。過去の歴史を見れば日本人は賢いことが良く見える。その賢さを使うべき時が来ている。

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