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安全保障問題は国民が考えるものである

国防という観点から日米安保を基軸にすることは本当に正しいのか。その答えは我が国自体がどのような体制をし、国民がどのような覚悟が必要なのかの議論が必要である。今の状態は希望的観測だけの作られた幻想の上の、何の議論もない米軍至上主義という単純で危険なものである。

歴史的に見れば、19世紀的な西欧の国家による覇権主義が続くことは考えられないと思われているが、本当にそうなのであろうか。科学技術により産業を発展させ、自分たちの利益の追求のために自然を支配し、最終的には他国支配に至るやり方が今後も起こらないと誰が断定できるだろう。すでに発展途上国は経済的に大きく成長し、環境破壊はそれらの国々で大きな問題になりつつある。中国は明らかに各国との領土的な摩擦を起こし続けているし、自国内でさえ他民族との摩擦が増大している。わが国が考えなければならないのは過去の世界の枠組みで考える事からの脱却である。残念ながら官僚国家である日本という政治機構の中では、東西の冷戦終了時でも過去からの考えの転換が何もできなかった。官僚機構は変化というものが何もできない。そのような国が今の世界の激変の中で最も適切な安全保障政策を作り上げられるであろうか。それは政治家主導以外、絶対に作り上げられない。その事は逆に、国民全員がしっかりと考えて、議論して、結論を出す必要がある事なのである。

自国を守るのは自国民以外ありえない。日米安保というものに丸投げしていて自国が守られるという幻想から抜け出ない限り国防は出来ない。他国からの侵略があった時に自分の命を捨ててでも国を守る覚悟が今の日本国民にあるだろうか。その前提で考えない限り安全保障などと言う言葉の遊びになるだけである。それらの考えを総合したうえで平和をもとにした外交政策が求められるのではないだろうか。わが国が世界から信用され、尊敬されるためには確固たる信念のある思想の上での外交政策が必要なのだ。経済的な問題だけで外交などしても薄っぺらい国である事を露呈するだけだ。国民全員が考える事が必要である。

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