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空の思想

般若心経に有名な「色即是空、空即是色」という言葉にある「空」とは何を意味したものであるか。そこにあるのは大乗仏教というものの始まりにある根本思想なのである。

仏教は釈迦による欲望の否定による悟りというものの追及によった人生の苦からの解放が目的であった。しかしながらその厳しい倫理と修行などにより人生そのものがあまりにも干からびたものとなり、その思想そのものも一般人は理解困難な難しいものとなってしまった。大乗仏教とは、この初期の仏教を変えて民衆に近づけようとしたものであり、本来の釈迦による教説ではないものを、経典という道具によって創作されたものである。これは歴史的な事実として立証されている。しかし、その思想そのものは多くの人々に受け入れられ、過去のものは自己の悟りだけを目指す(自利)小乗仏教、新しい思想によるものは他人の救済も含む(利他)大乗仏教として確立されたのである。

空とはインド人が発見したゼロの意味を持つものから来ている。それは欲望の否定という無というものに偏ったものになってはならず、かといって欲望の肯定だけに偏ったものにもならない、その中間のものというものではない両者を含んだ思想である。すなわちゼロとは、無限大の一部であり無ではないが、かといって1以上の有という範疇のものでもないとも言うべきものである。これが大乗仏教の全ての基本思想として、インド人の龍樹という思想家によって確立されたものである。仏教の中にある2つの根本思想、それは人間の業という闇を見つめるものから来る欲望の否定、無明と言われる無知というものではなく、分かっていても止められない心、それを捨てて正常な心に戻れというものと、人間本来の持つ仏性というものの存在である。小乗仏教は否定の問題に偏りすぎているという考えから大乗仏教が生じたのは自然の成り行きに見える。

以来、仏教は法華経、華厳経、涅槃経、密教、禅と空の中の肯定の拡大へと進んでゆくのである。しかしながら、どのような形にせよ、仏教の思想に中には西欧の思想と異なる共通の思想が存在する。それは矛盾するものを認めるという、一面においていい加減な考えである。聖徳太子による17条の憲法で有名な、「和をもって貴 しとなす」、という言葉の意味は、他人の意見との中間で妥協するという意味ではない。他人の意見も自分の意見も等しく認めたうえで議論を始めるとでも言うべきものである。多様性を認める心、そこにこそ仏教の真の姿を見る事ができると思うのである。

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