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西欧の略奪とは何か

以前私は「西欧思想至上主義からの脱却は可能なのか」という主題で意見を書いた。それは我が国の明治維新以降の考えをまとめたものと、現在の発展途上国などの西欧化による経済的な発展を述べたものである。これは1960年代では西欧ですでに言われていた「西欧の略奪」という言葉にある考えを述べたに過ぎない。

19世紀の西欧は、その圧倒的な科学技術により武器や機械によって植民地を作り経済的な発展を成し遂げた。世界は西欧が支配したのである。日本の明治維新とは正にこれをまねて徹底的な西欧化により成功したものである。その代償として過去からの優れた思想まで全て放棄したため現在の日本には精神的なバックグラウンドが喪失したままになっている。科学技術による人間中心の経済的な発展、それこそが西欧思想の進歩史観である。世界は人間のために存在し、自然や動植物は全て人間のために利用するべき単なる物質という概念である。歴史は人類が限りなく発展するという直線的な進歩史観で支えられている。

20世紀になって国家的な覇権主義が不可能になり、西欧の発展は行き詰まりを見せた。過去の思想に基づく進歩史観には明らかに限界を見たのである。逆に、非西欧国は日本の明治維新に見られる西欧化によって発展を加速させようとしている。すでに中国はGDPで日本を抜いて世界第二位に躍り出ている。インド、ブラジル、東南アジア諸国、南米各国はこぞって経済的な躍進が続いている。科学技術による発展は西欧の独占が無くなった結果、世界に拡散したのである。西欧の略奪という言葉が本当になったのである。

この先、世界はどのようになってゆくのであろうか。わが国の歴史がその答えを持っている。いち早く非西欧の国として西欧化に成功した我が国は、その成功による光と影の全てを知っている。なぜ知識人と言われる人々はそれを正確に分析し、これから世界で起きるであろうことに役立てようとしないのであろう。この国の知識人は依然として西欧至上主義のまま何も考えていないのだ。依然として大多数のものは西欧の思想の単なる紹介者にすぎない。自分の考えがあっても、以前からある学会や師と仰ぐ者の考えから脱却できない変化のできない国に成り果てている。せっかくの自分たちの経験を活かそうともしていない。このままではどんどん三流以下の国に成り果てていくだけである。自分で考え、自分で判断し行動する国にならない限りこの国に未来はない。

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