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浄土信仰という絶対他力の救済

法然による浄土宗、並びに親鸞による浄土真宗は他の仏教と大きく異なり、特別な修行や高価な寄進などがなくとも、男であろうと女性であろうと救われるとする画期的な思想に基づいている。従って平安末期から続いた戦乱の世で疲弊しきった庶民に爆発的に受け入れられ、急速に信者を増やした。

浄土教のみなもとも中国にある。曇鸞(どんらん)、道綽(どうしゃく)という僧は現世の醜さを叫び、徹底的に俗世を否定し浄土という世界だけを願ったものである。特に曇鸞による観無量寿経という美しい経典は大きな影響を日本にも与えた。日本におけるみなもとは往生要集というものを書き上げた天台宗の源信である。そこに展開されたものは悟り以外の世界としての六道の世界の考察である。地獄、餓鬼、畜生、阿修羅、人間、天の六つの世界こそ輪廻の世界であった。悟りを得ない人間は永遠にこの六道の世界をさまようのである。本来、天台の世界は十界であり、四つの悟りの世界として声聞、縁覚、菩薩、仏の世界がある。しかし源信は六道という迷いの世界を徹底的に凝視せよと述べた。そしてそのきたない世界を徹底的に厭えとし、代わりにきれいな世界である阿弥陀浄土という仏の世界を願い求めようというのである。そのためには常に素晴らしい世界としての阿弥陀浄土を思い浮かべ阿弥陀仏によって救われなさいというのである。

この考えをもっと発展させたものが法然であり親鸞である。法然は源平の合戦依頼に乱れに乱れた世界にいた疲弊しきった庶民に対し、厳しい修行や寺などを寄進するという必要もなしに、「南無阿弥陀仏」という念仏を唱えさえすれば極楽浄土に行くことができるという教えにより、救われると思っていなかった庶民の間に喜びをもって受け入れられたのである。口称念仏こそが易行であり、もっとも簡単な行であるからこそ一般人でも救われると考えた。大衆を救うにはこの方法以外にはないというのが法然の信念に他ならないものであった。この教説によって今まで締め出されていた一般人は狂喜したのである。

親鸞は法然の弟子の一人であった。彼の思想が異なるのは口称念仏というものだけではない、徹底的な他力本願である。肉食妻帯という当時の僧侶としては絶対に許されない行為を実践した革命的な僧侶である。煩悩なにするものぞ、徹底的に阿弥陀仏にゆだねよ、凡夫にすぎないものほど他力によって救われるしかない、という絶対他力の思想、それこそが親鸞の世界であろう。悪人正機説という「善人なをもて往生をとぐ、いはんや悪人をや」という言葉、さらに彼は還相回向という考えで極楽へ往生するばかりか、極楽からこの世に還る事ができるとした主張は素晴らしい。極楽に安住するな、利他のためにこの世に還れという大胆な思想である。そして彼の主張する浄土真宗は他人のためのものではなく親鸞ただ一人の救済のためのものという言葉、ここにも彼の深い苦悩が見て取れる。弟子ひとりも不要と言ってのけて死んだ親鸞、彼こそ苦悩のうちに他人の救済だけを願った人はいないであろう。

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