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日蓮宗、仏教の理念を否定するもの

仏教において個人の名前が宗派名になっている唯一のものが日蓮宗である。その根底にあるものはキリスト教などと同じ一神教という排他的な思想である。私はこの日蓮宗というものに仏教という理念を見る事ができない。そこに存在するものは独りよがりの他の宗派の概念の模倣のオンパレードである。

基本的に日蓮は天台に見る法華経だけを取り出して正しいものとみる。他の宗派の理念の全てを誹謗中傷し徹底的に非難している。一宗派のものが他の宗派の全てを否定するものは過去にも未来にも存在しないだろう。題目を唱えれば極楽浄土に行けるという法然などの浄土宗を非難しているのに、自分は同じことを別の題目としての南無妙法蓮華経という言葉でパクリ、親鸞による還相回向という考えもパクリ、現世肯定、現世こそが浄土というものも密教の現世肯定のパクリに過ぎない。しかも曼荼羅という絵で示された密教の世界観まで模倣し、南無妙法蓮華経という題目の文字によるもので表すという徹底したパクリまで作り上げた。その思想は徹底的な現世利益という一般人に最も受け入れやすい思想を前面に出しただけのものに過ぎない。従って、現代の創価学会や立正佼成会などは全て日蓮宗の現世利益の理念を取るものとなっている。

このように他の宗派の全てを徹底的に排除し、意図的とも思える時の権力からの受難の演出とも思える行為にはあきれるばかりである。多様性を認めない考えのものに仏教を名乗る資格は何もない。日蓮に欠けているものは、人間の闇の洞察という大事な仏教の理念の欠如である。自己の肯定、それだけで作り上げられた虚構の世界としか見えない。悲しいかな日蓮、である。

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