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はっきり書かないといけないようだ

遠慮しいしい書いていましたが、どうも世の中の方々は私と違って人が良いようなのでこの際重複を覚悟ではっきりと書くことにします。

政権交代の意義は「官僚社会主義」という官僚と一体化した自民党政権からの決別を意味したと理解していました。ところが国民はマスコミの世論操作もあって、新政権がうまく機能していないように見るや、早くも政権交代の事なぞはどうでもよいような民主党の非難の大合唱になっています。本当になんという節操のなさ、我慢が足りないわがまま坊主のような子供と同じ状態になってしまっています。今の菅直人政権が理想と違う事も公約から離れつつあることも認めましょう、民主党が全てでない事も認めましょう。だからといって政権交代を間違った選択だと単純に結論する意味が分かりません。国民は過去の自民党政権がしてきた事から何も学んでいないようです。もとの官僚国家に戻したいのでしょうか。

何度も書いているように、敗戦以来、連合国によって与えられた民主主義はこの国で機能していません。三権分立が機能せず権力は国民の代表者である国会議員ではなく行政府の官僚に集中した官僚国家なのです。戦後の長い間の政権政党であった自民党は、政権が長かったが故に完全に官僚と一体化することで権力を持ち続けたのです。その結果が今の我が国の状態です。税金は国民のために使われず、司法は正常に機能している状態とは言えず、まるで独裁国家のようなひどい状況になり果ててしまっています。国会議員は劣化して本来の業務である立法行為を放棄さえしているように見えます。国会は機能せず与党と野党の非難合戦の場になり果て、国民のための政策や税金の使い道を議論することもなくなっています。

このような状態を脱して本来の民主主義にすることこそ政権交代の意義があったと理解していた自分がアホだと悟りました。大多数の国民は、この国が社会主義国家ではないのに、自分たちの生活が悪いのは全て政府の責任だと勘違いしています。その結果、些細なことでも政治家が失敗するや非難するだけの情けない国民になってしまっていたのです。こんな状態では何回、政権交代しても絶対にまともな民主国家になれないでしょう。政治を決めるのは選挙によって自分たちの責任で行うものなのです。決して誰かが自分に代わって、自分が望むような政治などしてくれないのに、国民はその事すら理解していないようです。

政権交代して1年程度しか経過していないのに、結果が出ない事を大げさに騒ぐ程度の低いマスコミに踊らされ、全て新政権が悪いかのような世論操作に惑わされて本当にいいのでしょうか。我々は子供たちのためにどのような国を作ってあげたいのでしょう、その事を考えて政治を議論したことはありますか。今の菅直人政権は、確かに公約違反などの後退がひどい部分もあります。しかし、だからといって短絡的に全て新政権が悪い、官僚政治の方がましだ、のような風潮が信じられません。官僚は我々が選んだものではありません、単なる公僕です。それらの公僕が国を支配している民主国家など世界のどこにあるというのでしょう。他人に押しつけられるのではなく、自分で選ぶことができるのが民主主義の良い所なのです。そのための努力を放棄したら何も変える事は出来ないでしょう。そして国民が選んだ政治家が決定権を持つ国にすることこそが大切なのです。毎日の報道をみていると本当に嫌になってきます。国民の覚醒を願うばかりです。

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