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靖国神社の本質、繰り返される欺瞞

8/15の終戦記念日に自民党議員を主体にした票目当ての国賊議員たちが靖国神社に集結した。これらの者たちの理屈は一様に「国のために戦った英霊をお参りするのは国民の義務である」という戦前の考えのままの異常な言動である。そもそも靖国神社とは何なのか、それを彼ら、彼女らは考えた事があるのだろうか。日ごろは何も考えずに、こんな記念日の時だけに何が英霊か、笑止千万とは正にこの事だ。赤紙一枚で死んでいった多数の国民はそんな事を望んでいるのか、むしろ国家からの謝罪が求められているのではないのか。

米国との開戦は誰もが無謀と知っていた。石油の備蓄ひとつとっても到底、大国である米国と戦える状態にない事を知りながら戦争に突入した責任は誰にあるのか。その根本問題は放置し、犠牲になった多数の国民に謝罪すらせずに何が靖国参拝なのか、本当に腹が立つ。遺族会という票が欲しいだけの無責任な行動は、結局、中国などの東南アジア各国の反発を招いてきただけの愚行に過ぎない。自民党議員たちのしている事は、過去からの行為の反省ができない官僚思考そのものだ。

何度も書いてきたように、明治維新というものは西欧の科学技術の移入による中央集権国家による富国強兵国家の設立である。幕藩体制を大きく変え、国民の思想統一のために国家神道という天皇を神とする忠君愛国を柱とする考えによって、中央集権の新しい国が作られた。その結果は大成功であった。日本は非西欧諸国で初めて西欧の列強国の仲間入りを果たして侵略を免れたばかりでなく、大国のひとつにさえなっていったのである。しかし、その成功の陰で、19世紀以前の西欧の国家覇権主義的な考えから脱却できず、結局は中国への侵略戦争に走り、太平洋戦争で自滅したのである。靖国神社は国家神道という作られた宗教のための神社に過ぎない。そこに祭られたものが英霊かどうかは国民が判断するべきもので、国会議員という公務員が国民に何かを強制するべき問題ではない。むしろ諸外国と同じに、特定の宗教的な施設ではない慰霊のためだけの施設こそが求められるべきなのである。戦争の犠牲者を政治的に利用するなど本末転倒も甚だしい。それこそ死者への冒涜である。恥を知るべきは英霊などときれいごとを並べて国民を誤魔化し、票欲しさのためだけの考えのない姑息な国会議員たちそのものである。靖国という人工的に作られた国家宗教の施設に何の意味もない。国民はこんなものにいつまでも騙されてはならない。歴史と正しく向き合う姿勢が大事なのである。

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