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変われない象徴、天皇制とは何なのか

我が国は未だに天皇が国の象徴とされ、国会の開会や大臣などに対して天皇の任命のような形がとられているが、一体こんな事が本当に必要なのであろうか。なぜ誰もこの状態に異議を唱えないのだろう。ここにもこの国の国民のムラ社会的な怖さを見るのである。大多数の人の意見と違う事を言えば、出る杭は打たれる、村八分という構図が待ち受けているのではないのかという目に見えない社会の存在が透けて見える。しかし大多数の意見は何なのか、その国民的な議論など聞いたことが無い。

過去の歴史から考えれば、天皇というものが原日本人ではなく、中国を起源とした稲作をもたらした弥生人である事は歴史が明らかにしている。大和朝廷というものの存在は天皇が日本人の原点ではない事を証明している事に過ぎない。それを隠して正当性を捏造するために古事記と日本書紀というものが作り上げられ、天孫降臨という神話が捏造されたのである。その最たる証拠は、大和地方に古来から存在した原日本人の神々を出雲に追い出して、自らの神を伊勢神宮に存在させることで正当化を図った事でも分かっている。出雲大社は古くからあったものではなく、紀元6世紀頃に大和朝廷によって新設された事は数々の事実で証明されている。

天皇制が大きく変わったのは701年に制定された大宝律令である。それ以前に令という法律制度はあっても律という刑法は存在していなかった。藤原不比等によって大宝律令が完成されたが、その目的は天皇を象徴にした藤原氏という官僚による支配体制の確立である。律令制度の原型は中国のもので、それは中国皇帝の独裁のための道具であった。藤原不比等は天皇を表向きの権力として利用し、裏で実権を握るために律令制度の中に太政官制度という実務組織を作り上げたのである。これにより日本の政治形態は天皇を象徴にしたままの官僚による支配が確立されたのである。律令制のもとでは、天皇や皇族といえども多数の流罪がなされた事は歴史を見れば明らかだろう。明治以前のわが国では天皇でさえ処罰の対象であったのである。唯一の変わらない制度は、万世一系という交代の概念のない連続する天皇制度である。中国の皇帝は天の神より下の存在なので交代する必要がある時には変えられる。一方、日本の天皇は天孫降臨神話によって神と同じ地位にあるので、交代という概念のないものとされてきたのである。象徴を利用して、裏で官僚が実権を持つための絶好の方式である。鎌倉時代以降は武家階級が実権を握っていたが、制度的に天皇制は何も変わらず存在し続けたのである。それは幕末の明治維新における尊王攘夷というものに見られる、錦の御旗という象徴がどれだけ威力を持っていたかを見ても分かるだろう。

明治維新は天皇制が徹底的に利用された。幕藩体制で別れていた国を全体主義国家にして、西欧の科学技術の移入による富国強兵の実現のために国家神道という天皇を神とする宗教が新たに作り上げられた。これにより全国民は天皇を中心にした忠君愛国という思想でまとめ上げられて、見事な全体主義国家に変身したのである。西欧諸国からの侵略はこれによってまぬがれたが、列強という仲間入りを果たしたことで変化ができない国になり、最後は太平洋戦争という西欧型の覇権主義によって国家が破綻したのである。

太平洋戦争に負けた事で、明治維新で作られた天皇制による全体主義は徹底的に解体された。しかしながら官僚制度は自民党という官僚出身者による政治家集団によって温存され、形だけの民主主義のもとに何も変わらず権力を維持したまま現在に至っている。この驚くべき事実を誰も公に国民に説明さえしていない。従って天皇制についても、「象徴」という形とは裏腹に厳然として存在を誇示する形で制度は残されている。一体、この制度のためにどれだけの税金が使われて、制度の維持のためにどれだけの官僚たちが税金で雇われているのであるのか。我々は本当の意味で天皇制というものを考えるべきである。国民が本当にそれを必要としているのか、なぜ知識人や評論家は正面からこの問題を提起したり議論しないのだろう。そこに異常性を見るのは自分だけなのか。この国の外交政策の情けない状態や、靖国神社の問題などを見ると、国民と国家というものの本質を何も見ていない事がよく分かる。

この事は、政権交代があっても、本質的には国の根幹は何も変えようとしない多数の政治家やマスコミ、官僚制度に依存した既得権者たちという存在を明らかにした。変化というものが、いかにこの国では難しい事なのかを証明したのである。しかし時代は変わった。主権在民の国であれば、政治家や官僚ではない国民による議論なくして進歩はないだろう。すでに新興国の台頭によってわが国は二流以下の国に成り果てている。このまま何も変えられないのなら堕ちていくだけである。現在はかたち上とはいえ、主権を持っている国民の覚醒こそが必要なのではないのか。戦後66年も経過したのだ、本質の議論が必要である。

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