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なぜ日本人から品格が消えたのか

バブルがはじけてから20年以上たったが、日本は依然として混沌とした闇の中にいる状態である。経済的にも先が見えず、国民の生活は小泉・竹中による改革という名のもとの生活破壊で、貧富の差が増大した以上に格差という大問題となって社会的な不安になっている。政治の混迷は政権交代しても変わらず、国民の生活が第一という理念は小沢一郎をはずした民主党の多数の裏切り者によって骨抜きにされている。国民はそのひどさにあきれ、政治家というものの品性のなさを嫌というほど見せつけられている。過去は官僚と一体化した自民党政権の中で、これら官僚や自民党議員たちの品のなさを嫌というほど見せつけられ、それが変わるかと思っていたら同じことが起きている事にも我々は腹を立てている。一体この国の公的な仕事をする人間はどうなっているのか、本当に恥ずかしいばかりの品のなさである。

明治維新の初期に、過去の徳川幕藩体制という国の形を大きく変えたのは厳格な公私のけじめを持った武士階級の者たちの存在であった。彼らの言動の多くは多数の著書に残っているが、西郷隆盛に見られる公私のけじめのすごい事には何回読んでも驚かされるし、それを実践していた事にも驚かされる。彼らが江戸期の長きにわたり儒教を中心とした道徳的な教育により高い倫理観を持つことになった事は明らかである。その他の農・工・商の多数のものは寺子屋という制度により寺において仏教の自利利他の道徳観と読み書きによる高い識字率を持つ国民が生まれていた。これが明治維新を短期間に成功させた原因であったのである。しかしながら明治維新は皮肉なことに過去の思想や道徳を全て放棄して、西欧の思想や科学技術を取り入れなければならないという矛盾によって成功したのである。日本を西欧化して、その科学技術をもとにした富国強兵により列強からの侵略を阻止しようとしたのが明治国家の原点であったのである。国家覇権主義はその必然であり、西欧思想の導入だけで全てを行うという政策によって、過去の日本にあった武士階級やその他の国民の優れた道徳観や仏教の思想は完全に排除されたのである。

結果として武士階級の高い道徳観を持った者たちがいなくなるにつけ、我が国は官僚組織という過去から連綿として続いていた変化のできない思考回路を持った者たちによる国家運営により、太平洋戦争の突入で破滅したのであった。そこにあったものは天皇というものの神格化と国の絶対的な存在だけをよりどころにした官僚たちの世界観のなさという政治の私物化であった。一旦、何かを決めると、その結果がどうであれ過ちがあっても変更ができなくなるという矛盾性を誰も変える事ができなかった。それが国家神道という天皇教という一神教の怖さでもあったのである。戦後になってもこの体制は基本的に変わらず、天皇教が民主主義という神に変えられて、裏では官僚機構が政治を操る体制は何も変わっていない。西欧至上主義は変わらず、平和という名のもとに憲法が作られても、その背後に確たる思想がないために言葉だけが空虚に踊ったまま現在に至っている。

結果として今日の我が国は、戦後の一時的な経済的な成功によって又しても官僚を中心とした変化のできない国家体制になり、自分たちが長きにわたり持っていた過去の優れた独自の思想を忘れたままの国に成り果てている。その結果、国民が選ぶ政治家も自らの思想的な基盤がなく、西欧思想の延長に過ぎない経済的な問題意識だけの、基準となる道徳観のない薄っぺらい考えの者たちだけによる政治が続けられている。精神的なバックグラウンドのない人間が行う政治には、内政にしろ外交にしろ明確な後ろ盾になる思想がなく、結果として国民からも外国からも冷笑をもって見られている。それは政治家を選ぶ国民も同じであろう。我々はなぜこのような国民となってしまっているのかを真剣に考えるべきである。過去の歴史とその思想を正しく把握できなければ、我々はどのような国を目指して子どもたちに残すべきなのか判断できないはずである。国家の品格とは国民の品格そのものなのだ。

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