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梅原猛の思想を解釈する

1925年(大正14年)に生まれたこの哲学者は、日本には稀な人文科学者の最も優れた人物であると思う。その功績は歴史的な出来事の正確な分析と緻密な事実の考証により、過去の解釈の誤りを見事に指摘している事実がある。それは過去の古事記や日本書紀に関する解釈が、本居宣長や津田左右吉の説では解釈しきれない事を立証し、全ての偏見を配したうえで論証した事や、法隆寺の建立の秘密や柿本人麻呂の経歴についての問題など、従来の説の全てを覆す新しい学説の提示の全てに見られる。彼の洞察の鋭さは哲学というものの本質の究明という基本的な姿勢から物事を考えるという凄さにある。従来の研究が違っていたら違うと言う事を徹底的に追求する姿勢は、過去からの学説にだけによりかかってきた日本の知識人たちに対する挑戦ともいえる迫力がある。

それは我々日本人が忘れていた過去の優れた仏教の思想や、本来の全てのものに神を見る神道というものの成り立ちについての深い洞察にも見られる。葬式という儀式にすぎなくなっている仏教の本来の思想の深さを今一度この国に知らしめた功績はとてつもなく大きいものがある。また明治以来に作られた国家神道の間違いを指摘している意味は大きい。それは明治維新というものの本質の理解を大きく前進させた。明治維新の背景になっている思想が何であったのかという理解を我々に大きく提示したのである。現代の日本という国、そして国民の考え方はどこから来ているのかと言う事を丁寧に解説しているのである。

その意味では、1980年(昭和55年)に発行された「仏教の思想」という本により、西欧思想と仏教の思想の対比による仏教というものの解説は、全く新しい視点で我々に仏教を紹介した秀逸な書き物である。現代の日本人が忘れ去っている思想的のみなもとの大きな一つにある仏教というものを、簡潔にまた的確に解説したこの秀逸な書物は一読に値する。現代の西欧思想の行き詰まりを30年以上も前に的確に予測した事は驚くべきことである。我々はこのような優れた学者が存在している事を誇りに思うべきである。太平洋戦争以来、一時的な経済的な成功を経て、現在の日本人はその拠りどころを何に求めるのかを完全に失っている。それは政治家や知識人といわれている西欧至上主義者の責任が大きい。はるか昔の縄文時代から連綿として続く日本という国と、その国民の成り立ちを正確に見る事の大切さを我々はもっと重要視すべきである。その歴史の中に育まれてきた本来の神道や仏教に見られる思想こそが我々の原点になっている。それを知らずに世界に向かって何を発信しても、それは単なる薄っぺらいものまね思想になっているだけである。我々はいい加減、西欧至上主義という呪縛から抜け出なければならない。今のままでは決して日本国民が世界から尊敬されるものにはなりえない。独自の思想がいかに優れたものであったかについてもっと誇りを持つべきなのだ。それこそが自分の国も世界をも救いうる思想になるはずである。

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