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「モノづくり日本」という時代遅れの感覚

「モノづくり日本」という化石のような言葉を使って自尊心を保とうと必死になっている日本人は哀れとしか言いようがない。家電などに見られるように韓国、中国などの追い上げはすでに日本を追い越している。新興国の国民も日本人より劣っていると言う事は何もない。問題はノウハウだけであり、それを意識した国々はどんどん成長している。わが国の学生の程度はどんどん劣化し、世界で通用する人材はすでに韓国、中国は言うにおよばず、東南アジア、インドなどの人材にも及ばなくなっている。日本は特定分野での市場占有率は優れているが、全体としての成長ができないのは市場というものさしが偏っているからである。TPP問題を見ても分かるように、こんな9ヶ国だけで、米国以外は農業主体の国家との貿易協定の参加が必須条件のように騒いでいること自体が信じられない。戦略が何もない事の象徴だろう。

もはや日本はモノづくりの国ではない事は、GDPに占める輸出割合が11%そこそこでしかない事を見れば分かるだろう。すでに大企業も中小企業も大部分は海外に進出してしまっているのが現実なのである。モノづくりは海外に移転されているのだ。企業は税金で暮らしているお気楽な公務員と異なり、何もしなければ潰れるから必死になって考える。その結果が海外でのモノづくりになっているのである。これらのノウハウを吸収している各国の国民は、近い将来、間違いなく日本の競争相手になってゆくだろう。日本が敗戦後に経済的な成功を収めたのは安い労働力と高い生産力ができる国民がいたからである。同じことは、どこの発展途上国でも起こりうるだろう。その現実を見ずして、何も国内の制度も教育さえも変えないこの国に未来はないだろう。

明治以来の西欧至上主義のままでは、政治にしろ経済にしろ、現在の世界とうまくいかない事さえ分かっていない。ましてや戦後の米国一極主義では何も進まない事は明らかである。ギリシャなどのヨーロッパの財政危機や米国の経済的な衰退が示すように、すでに日米欧が世界をリードできなくなっている。世界は明らかにBRICsの台頭に見られるように大きく変わってきているのだ。「モノづくり日本」という言葉などに拘っているだけではこの国は永遠に救われない。精神的に宗教というものを棄て去った事によって「道徳」という大事なものを戦後、長きにわたって放棄した結果、わが国の国民の劣化は日増しにひどくなっている。米国型の物質を追求するだけの考え方はいずれ破たんするだろう。 世界は過去の西欧思想による、人間中心の物質文明というものだけでは行き詰まりが明らかになっているのである。

我々にはモノづくりだけではない、自然との共生、他国民、他の文化との協調による共存共栄の世界をめざし、その中で日本国民の叡智をどのように世界に貢献させられるのかという考えをもとにした哲学が必要である。自分たちだけが儲ければよいとする経済は確実に破たんする。それを変えるためにも、我々は過去にあった優れた精神的な思想を見直さなければならない。その時はじめて日本は世界をリードできる大国になれるだろう。そのためにも現在の私利私欲だけに走っている公務員国家を変えなければならない。特に官僚支配になっている全ての制度を変える事は最も大事な問題である。

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