スポンサーサイト

上記の広告は1ヶ月以上更新のないブログに表示されています。
新しい記事を書く事で広告が消せます。

人間が大事か、そのための手段の方が大事なのか

過去、何度も17世紀以来の西欧の人間中心の思想の問題を述べてきた。繰り返すがデカルトの二元論により自然は物質になり、その支配のために自然科学が発達し、自然を搾取する事で人類は発展を続けてきた。また人間至上主義はユダヤ教、キリスト教、イスラム教という一神教においても神が人間を作ったという理屈で合理性を持たされて今日でも変わっていない。すでに世界は過去にないすさまじいスピードによる自然破壊が重大な問題になっている。一神教が原因の戦争と共に、人間中心の西欧思想は明らかに行き詰っている事を露呈している。

世界には自然との共生や排他的な一神教ではない多神教に基づく新しい思想が必要なのである。その意味では日本の仏教や原始神道に見る自然崇拝の多神教の理念は世界に通ずる思想である。神道というと必ず明治の国家神道を思い浮かべる人が多いが、これは天皇を神とする中央集権のためにねつ造された一神教であり、わが国に古くからある原始神道とは何も関係はない全くの別物である。ここでは本来のものを原始神道と呼んで区別する。

西欧の傲慢性の思想では宗教でさえキリスト教のような人格神による一神教こそが最も優れた宗教と捉える。アニミズムに見られる多神教のようなものは思想的には下位に位置するものとして規定され、いずれは人類の発展と共に一神教に収れんされるものと考えられてきた。しかし事実は全く逆なのである。自然を尊び敬う多神教の方が、はるかに人間性に富んだ争いを避ける優れた宗教なのである。多神教のもとでは一神教のような神の名のもとの殺人の容認はない。

しかしながら自然科学を中心とした科学技術による発展が人類を豊かにしてきた事実も否定はできない。問題は程度の問題なのである。仏教の思想にある中道の精神という「偏らず正しいものを選ぶ」という思想は大事である。その意味でもわが国が続けている科学技術振興政策は見直しが必要なのである。この国は官僚機構の支配により決まったものの変更をしない狂った国になっている。本来、あらゆる政策は国民生活を豊かにするための道具に過ぎない。その道具を目的化する事で権益が生まれる。いつのまにか本来の目的が忘れられ、道具が目的化されるのである。科学技術も単なる道具という手段に過ぎない。しかしそれが目的化する事に意味は何もない。我々に必要な事は国民の豊かさのために必要な事の追及である。過去のやり方にこだわらず、臨機応変こそが大事なのだ。

マスコミを中心にした財政赤字の問題が喧伝されているが、その本質は誰も語っていない。社会保障費さえ削れば全てが解決するような嘘が連日報道されている。目的を変える事ばかりが叫ばれ、その手段は増税だけのような嘘が叫ばれているのだ。科学技術のためという国民を豊かにするための手段のために毎年3兆円以上もの巨額の税金があることは一切報道されない。この手段が妥当なのかを議論すべきである。30%削除するだけで1兆円にもなる税金は簡単に社会保障費に回す事ができる。増税の必要など何もない。こんな例は全ての既存の政策を見直せば至る所にある。補助金制度という二重行政を見直すべきである。手段が目的化しているものを全て洗い直し、全てを国民のための政策につぎ込めば、巨大な税収のあるわが国は確実に国民に優しい豊かな国になれる。既存の議論に誤魔化されてはならない。がんばろう国民、自分で行動しよう。

Comment


        
月齢・日付・時刻
この記事に対し意見を呟く
訪問者カウンター
全記事表示リンク
最新トラックバック
検索フォーム
ブロとも申請フォーム
QRコード
QR
上記広告は1ヶ月以上更新のないブログに表示されています。新しい記事を書くことで広告を消せます。