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近代国家の定義とは何か

わが国が近代国家になったのは明治維新以降といわれている。それを何を意味するのか大多数の人々は正確に理解しているのだろうか。明らかに西欧の感覚による法治国家であるのか、そうでないのかの違いなのだろうか。その意味では独裁国家は近代国家ではないのか?、幸福度世界一のブータン王国と北朝鮮は何が違うのか、我々はもっと真剣に考えなければならない。

やはり英語でいうところの「State」と「Nation」という意味の語源が決め手ではないだろうか。Nation とは自然発生的な国にすぎず、State とは法治国家なのである。その意味でいえばわが国は明治憲法によってはじめてState になっただけで1889年に初めて近代国家になったと定義されるべきである。現在は2011年である事を思えば、わが国の近代国家はたかだか123年の歴史しかない事になる。しかも敗戦という1945年以前は立憲君主国家であって民主国家ではなかった。国民はこのような事実を理解して生活しているだろうか。敗戦によってあらゆることは考えなくなり、経済的な成功だけが人生であるかのような教育と社会的な思い込みのままに現在まで来てしまった。我々はどのような社会、国家を求めているのだろう。そんな自覚さえ殆どの人は持ち合わせていないのが現実ではないのだろうか。政治や政治家を非難するのに、何と40%もの選挙権を持つものは投票さえしていない。権利を行使もせずに文句だけを言っている。法治国家というものは何を意味するかさえ考えていない。与えられた民主主義という制度は名前だけで機能していない事も自覚していない。というより意図的に自覚できないような教育が続けられ、その事さえも教えられていない。知らないうちに官僚社会主義国家の中に住んでいるのだ。

民主党による政権交代で全てが変わると期待された。結果はどうなのか。あらゆる意味で民主党の議員たちは嘘つきだけのさもしい人間であっただけのことが分かっただけで、国民は本当に心底から怒っている。民主主義の基本である政治主導という言葉に託した期待は全てが裏切られた。国民は本当の意味の近代国家を期待したのに、それが託された者たちは、いとも簡単に寝返って、元の自民党と同じの官僚社会主義を選択した。今、国民は何も信じられなくなっている。国会議員と呼ばれる者たちは真剣に考えるべきだ。すでに国民は本当の意味で怒っている。その混乱の責任は間違いなく今の国会議員全員の責任である。近代国家の理念とは何か、それが求められているのは国民ではない、国民がその思いを託した国会議員たちそのものなのだ。裏切りの代償はとてつもなく大きいだろう、覚悟しておくべきだ。

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