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明治から現在までの歴史に何を見るのか

明治維新を非難する知識人がいるが、それは皮相的というか一面的な見方に過ぎないと思われる。世界の歴史の中で、あれだけ短期間に国家を西欧と同じようにして富国強兵を実現した国はない。その原因は明らかに指導者である武士階級出身者たちによる、「どのような国を作るのか」、という明確な思想があった事による。それを江戸期から続いた、世界で最も高い識字率を持った教育程度の高い国民が支えたのである。

明治維新の背景は、間違いなく西欧諸国の科学技術による圧倒的な軍事力を背景とした、侵略されるという危機感である。その証拠に尊王攘夷というもので江戸幕府を倒した途端、攘夷ではなく開国に踏み切り、西欧の科学技術や思想を全面的に取り入れた事がそれを証明している。それは儒教を背景として国の方向を誤った中国や朝鮮と対比される正しい選択だったと評価されるべきものである。国家を西欧型にするためにあらゆる努力がなされた。過去の思想である仏教や儒教などは廃仏毀釈で棄て去られ、富国強兵のために天皇を神とする国家神道を新たに作り上げることにより国民はまとめ上げられた。廃藩置県によって中央集権が驚くほど早く、また武士階級の無抵抗な対応で、あっという間に実現した。このような犠牲者というものがほとんど出なかった革命のような出来事は世界中のどこにもないものである。

明治維新の成功は明らかに武士階級の崇高な精神のもとに行われた。しかしながらそれに続く大正、昭和の時代になってからは明らかにそれは変質した。西欧至上主義のために過去の西欧の国家覇権主義がすでに時代遅れのものになっている自覚さえなくし、自国の利益という名目で朝鮮の支配、満州侵略から中国全土に対する侵略戦争に突入し、さらに太平洋戦争で自滅するのである。なぜこのようになったのか。それは明治維新を成功させた武士たちの崇高な精神が消えた事であろう。わが国を西欧国家のような制度にすることで憲法の制定など、かたち上は次々と色々な制度が導入されていく。憲法の基本はイギリスから来ていたパークスという傲慢な国家覇権主義の権化のような全権公使を嫌うことでイギリスは棄て去られ、当時フランスを破ったドイツの方式が天皇制を擁立しているわが国に似ている事から、最終的にその立憲君主制をもとにした形で導入された。それを作り上げた武士たちは、国家神道による天皇の絶対性の危うさは理解しており、その運用は危ういバランスの上でなされていたが、時代と共にそれらの優れた者たちがいなくなり、結局は一部官僚による暴走が始まるのであった。国家が強くなり、わずかに豊かになると共に、その成功のために既存の考え方を変える事ができず、官僚制の弊害である権力を自己目的化する事が至る所で噴出した。せっかくの三権分立を持った憲法も、軍部による「統帥権」というものが三権の上に位置される事で暴走が止められなくなり国が破綻したのである。日清、日露戦争は、まだ国家を守るためという大きな思想があったが、それらの勝利によって逆に戦争の肯定と、変える事ができない国となって破綻に向かったのである。自国の実力を評価もできない異常な状況が国に満ち溢れ、太平洋戦争の末期でさえ、神国日本には神風が吹いて米国には勝つという信じられない事が言われ続けた。

敗戦によって民主制度が持ち込まれ、日本人の価値観は180度転換が余儀なくされた。昨日までの天皇を神とする神国思想は徹底的に破壊され、民主主義こそが正しいものとされ、それが道徳のような勘違いがおきた。過去の全てが否定されて日本人は精神的な後ろ盾を失ったが、敗戦による国家の荒廃を克服するために国民は何かを深く考える余裕などなかった。誰もが復興のために懸命に働き、そして短期間に経済復興が実現した。良い学校、良い企業、良い生活だけが目的のような社会となり、それは現在も続いている。民主主義制度は自民党と官僚が一体化した制度の中で形骸化が進み、実態は官僚社会主義の国になっていった。それは現在も連綿と続いている。一時的な経済的な大成功は破綻し、以降、わが国は現在まで低迷したままである。その原因は何か、明らかに国家観という大きな思想の欠如であろう。明治維新に見られた明確な思想は何もない。ただ与えられた制度のもとに知らないうちに経済的な復興が実現した結果、国民は何を目標にすべきかが分からなくなっている。政治においては民主主義の何たるかを理解せず、形だけの制度のもとに続いたものが災いし、至る所で問題が噴出し、迷走ばかりが続く。

簡単に述べてみたが、我々はこれらの事を歴史教育では受けてこなかった。そこでは受験のための暗記だけの空虚な歴史が教えられたに過ぎない。本来の歴史観というものの教育が忘れられているのである。過去の仏教や国家神道ではない原始神道などの優れた思想の教育内での講義は皆無である。それらの重要な思想抜きで、日本人としての過去から現在までの精神的な思想も分からなくなっている。世界が西欧思想で行き詰まっている現在、我々が進むべき道は、これらの過去の歴史からの新しい思想による国づくりや、その世界に対する発信が求められているのではないのか。単に経済だけを目的とした国であってはならない。物質と精神の双方がバランスよく機能する国が作られなければならない。そうして初めて世界に誇れる国民が出てくることで素晴らしい国が作られるだろう。日本に過去からあった自然や他民族、他の宗教や他文明との共生の思想、それこそが世界を救いうるものになると確信する。明治維新以来の我が国の歴史は、たかだか145年に過ぎないものを理解すべきだ。
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