スポンサーサイト

上記の広告は1ヶ月以上更新のないブログに表示されています。
新しい記事を書く事で広告が消せます。

日本における保守という大いなる勘違い

以前にも靖国の問題を書いた。我が国では明治の天皇を中心とする中央集権による富国強兵の思想こそが「保守」であると勘違いしている国民が多数いる。全くもって笑止千万といわざるを得ない。歴史を正しく見れない者がいかに簡単に権力というものに騙されるのかという典型であろう。保守とは過去の歴史を正しく認識し、その歴史の中から善きものを継承するという進歩的な思想に他ならない。過去の間違った出来事を繰り返すことを保守などという言葉でなぞるなど断じてあり得ない。再度、靖国の背景となった明治とは何かを思想的な背景で語らなければならない。

すでに何度も繰り返し訴えてきたが、明治維新とは科学技術を背景とした圧倒的な力を持つ西欧諸国による植民地化への恐怖から、当時の武士階級の正確な歴史認識の下で国家を西欧諸国と同じ形に大変革する目的でなされたものをいう。そのために、わが国の過去からあった仏教や儒教などの全ての思想を分離する意味で「廃仏毀釈」というものを行い、江戸期の国学をもとにして新たに作られた国家神道というもので国民をまとめ上げ、西欧の科学技術の移入により富国強兵の国にすることが図られたのである。従って、天皇は神格化され、国民の精神的なよりどころとして教育勅語なるものにより、国のために尽くす忠君愛国という修身教育がなされたのである。戦争で天皇のために死ね、死んだなら魂は靖国神社というものに祀られるという壮大な仕掛けが施された。全てが緻密に計画された見事な国造りであったと言わざるを得ない。我々はそれをすべて否定してはならない。少なくとも明治維新でこのような明確な意図のもとに新しい国家を作り上げた武士たちは素晴らしいものであった。結果として日本は、非西欧諸国の中で唯一、西欧型の国家に変身し、西欧列強に伍すまでの国に成長したのである。問題はその後に、国の形を時代に合わせて変えられないという大きな間違いを続けたことが国家を破綻に導いたのである。19世紀にはすでに西欧では時代遅れになっていた国家覇権主義というものをまね、朝鮮や中国の侵略に始まり、太平洋戦争という大きな間違いで破綻したのである。

未だに「保守」というと、この明治期の軍国主義的な天皇を中心にした中央集権による富国強兵国家に戻ることを意味してると誤解している愚かな者たちの多い事、本当に情けない事である。特に、自民党を中心にした時代錯誤の政治家たちの多さには辟易する。このような者たちは保守ではなく、単なる歴史認識のない倒錯者に過ぎない。彼らが欲しいのは、遺族会というものからの選挙の時の票だけである。安全保障という名前のもとで、過去の戦争の犠牲者の悲惨な実態を無視し、軍国主義的な国に戻すような愚を二度としてはならない。保守などという言葉に騙されて安易に過去の国の形に戻せば、とんでもない時代錯誤の国になり、世界中の笑い者になるだけである。ここでは、保守というものの拠り所の一つの国学というものの何たるかについて、簡単に説明したいと思う。

国学とは、江戸中期に契沖により始められた日本の古典を文献的に研究するものである。これが賀茂真淵、本居宣長、平田篤胤を経て、明治の国文学者や国史学者に引き継がれてゆく。国学は契沖から真淵に至る過程であるナショナリズムを宿す形に変容していく。それは日本は、中国やインドと異なり神の国であり、神の道は明るく、清き直ぐき心の道という万葉集に顕されたものであるとするようになる。この考えは宣長にそのまま受け継がれる。但し彼の場合は、それは万葉集ではなく古事記にあるとされてゆく。そしてその古代世界の理想化は、平田篤胤に至って、ますます著しさを増し、討幕のイデオロギーにまでなるのである。

しかし、この国学の大いなる勘違いは、古代日本が神道だけの国で仏教も、儒教も無関係の国だという間違いの上に立った学問に過ぎない事である。古事記ができたのは712年であり、すでに日本は仏教国家であった。そしてその時代には、大宝律令の制定など、大きな政治的な問題で揺れていた時代でもある。決して神の清き直ぐき時代などではなく、政治的にどろどろの時代であった。このような背景を正しく見ない国学は、基本的に中国の朱子学をなぞったものといわれる。朱子学も過去に帰れ、過去の良き時代こそが正しいとするものであるが、中国には過去に帰れば儒教というものがあった。しかし日本にはそのようなものはなく、古事記なども基本的には外来、特に中国的な思想がどっぷりと入ったものでしがなかったのである。そして、この国学の思想から、古事記の中の天孫降臨神話などによる天皇の絶対化が図られて、国家神道というものが捏造されていったのである。富国強兵のために、日本は強い国でなければならないという思想を背景に、神国日本、戦争に負けた事のない強国日本という思想が作られていったのである。

我々はこのような明治期の思想の背景を正しく知らなければならない。その上で「保守」とは本当に何かを各人が正しく認識する必要がある。マスコミや御用評論家、知識人といわれる者たちに騙されてはならない。国民自らの正しい歴史認識こそが必要なのである。
月齢・日付・時刻
この記事に対し意見を呟く
訪問者カウンター
全記事表示リンク
最新トラックバック
検索フォーム
ブロとも申請フォーム
QRコード
QR
上記広告は1ヶ月以上更新のないブログに表示されています。新しい記事を書くことで広告を消せます。