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民主国家の基本を教えない日本という国

我が国が民主国家であるかのような「嘘」が戦後以来ずっと続いていると言ったら大多数の国民は「そんなバカな」と一笑に付すでしょう。しかし現実は民主国家ではないのです。

議院内閣制により多数を制した政党が内閣を作ることで政治が行われますが、その実態は官僚による予算作成と「閣法制度」と言われる立法行為による行政府が主体の政治に過ぎません。国民の代表者である国会議員たちは本来の業務をせずとも官僚が事務的に全てを実行してくれるのを見ていればよいのです。違ったことをするとマスコミが騒いで政策の一貫性を欠くとか何とかと、訳の分からない言葉によって議員本来の行動を妨げます。国会での予算審議は議員たちの個人的な宣伝行為の場に成り果て、まともに予算が審議されたことはほとんどありません。また国会には議員たちの立法行為に見合った組織や人員もありません。全てが霞が関の行うままに進められるのです。行政府には行政権と立法権、さらには検察を使った判検交流や裁判官の天下りの面倒を見るなどの制度化により司法権までが官僚に握られているのです。憲法で規定している三権分立はこの国では何も機能していません、だから民主国家ではないのです。

この事実に加えて、国会議員の選出方法や衆議院と参議院という二院制についても欧米の各国の民主主義国家と大きく異なる方法が取られており、数々の矛盾点が内包されています。政権交代時に大きく取り上げられて「マニフェスト選挙」といわれるものの本質は何かを知っている国民がどれほどいるでしょうか、又それを正しく説明したメディアや評論家がいたでしょうか。私の知る限りメディアが正しく説明したことは一度もありません。繰り返し言われたことは「政治とカネ」の問題と「公約の実行の基本」だけです。

「政治とカネ」という造語は、官僚がマスコミを使って作り上げた「政治家はクリーンでなければならない」とする意味のない言葉であり、権力が政治家に移らないように仕組まれたものです。民主政治の基本は、多数によって選出された議員によって、その多数が求める利益のために政治を実行することです。利益供与を否定したら民主政治は成立しません。そのことを無視して、古くは田中角栄元首相のロッキード事件や金丸信による東京佐川急便からの迂回献金についての政治資金規正法違反とその後の脱税違反での逮捕や、直近では小沢一郎と秘書に関わる陸山会事件など枚挙にいとまがありません。これらの殆どは微罪や冤罪である事が知られていますが、検察という権力を使った官僚による恣意的な政治家に対する介入行為です。

マニフェスト選挙とは英国で行われている選挙方法で、その基本は「政党を選ぶ選挙」であることです。候補者はロボットで良いといわれる方式で、政党が策定した政策に賛同する議員がマニフェストを国民に説明して選挙を戦うものでお金はかかりません。政党がほとんどの費用を負担するのです。結果として選挙で当選した議員たちに自由は一切なく、完全に党議拘束の下でマニフェストに従った政治活動が行われるものです。

この反対の方式が米国型です。米国の選挙は完全に個人を選ぶ形態であり、各個人は自分の方針を選挙民に訴え献金を受けて選挙が行われます。当選しても所属する政党の党議拘束は原則として存在しません。どの政策に賛成するかは個人が判断して決定するのです。従って議会は白熱したものになります。米国型にせよ英国型にせよ、政治の基本は国民が選出した国会議員が政策を決めて実行することです。日本のように官僚がすべてを仕切って政治を行っている民主国家は世界中探してもどこにも存在しません。

わが国の選挙形態はどうかというと、マニフェストによる選挙方式が取られているものの、実態は個人を選ぶ米国型であって、選挙後の党議拘束については曖昧です。従って、形態はクリーンな選挙などと言っても、実態は相当の費用を各候補者が負担する必要があるものになっているのです。どのような形態かがはっきりしていないのに、公職選挙法は何も変わっていないために余計な混乱と負担を候補者に強いているようなものになっているのです。

このようにわが国の政治の基本は非常に定まったもののない曖昧模糊とした状態で戦後から60数年間続けられているのが実態です。その結果、国民が選んだ政治家は、常に下らないスキャンダルや「政治とカネ」という呪縛から逃れられず、官僚による支配が続けられ「官僚社会主義国家」と成り果てているのです。さらに問題に拍車をかけているのが衆議院と参議院の二院制度です。

海外でも二院制は多くの国で採用されていますが、日本の参議院にあたる上院とか貴族院と呼ばれている議会に決定権は与えられていません。衆議院の決定が最終的には採用されます。ところが日本では参議院にも決定権が与えられているために「捻じれ」とよばれる状況が頻繁に生じます。政治の空転が非常に起きやすい制度のままなのです。これほど官僚に都合のいい形はありません。

このように本来民主政治とは、国民が選出した政治家によって国家運営の基本が決定されて、それを行政府などの公務員が実行するのが基本なのですが、今のような官僚が実質的に三権を掌握しているという事実は国民に対して詳しく報道もなされていません。又、本当の意味での民主国家における政治制度、選挙制度などの教育も正しく実行されていません。国民は、ある意味では盲目のような状態に置かれ続けているのです。情報が正しく国民に公開されては官僚側には決定的に不利な問題が降りかかるため、マスコミを使った情報コントロールは間断なく続けられています。

我々は、いい加減にこのような状況から脱して、本当の意味での民主国家を実現させるために、一人一人が本当の意味の民主主義の意義と内容を把握するとともに、三権分立を機能させるために国会議員に強く働きかけなければなりません。逆に、その事が結果として国民が選出する国会議員の力を大きくすることになるのです。又、マスコミによる世論操作を禁止させる意味でも、世界的にも恥となるような「記者クラブ制度」という官僚のための制度を禁止させなければならないのです。今年を民主国家実現のための元年にしたいものです。

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