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なぜ小沢一郎だけの政治責任が追及されるのか

依然として小沢一郎に対する非難記事は後を絶ちません。被疑事実に対する誤解が解けてきたような気がしたと思ったら、何と「政治責任は別」などと訳の分からない言葉で非難する意見がマスコミやブログ上に出てくるようになりました。小沢氏の問題といわれるマスコミの嘘の詳細はここを参照してください。
これは明らかに異常です。なぜなら何の犯罪事実もない問題を、単に怪しい、だったら政治責任があるのだから説明せよ、という短絡的な思考から来る全くひどいものだからです。このような理屈をこねるなら、どんな政治家についてもマスコミが意図的に政治家を抹殺することは可能になるでしょう。そもそも「政治責任」とは何なんでしょうか。こんな曖昧な言葉で政治家の行動をコントロールしようとすれば民主主義は何も機能しません。まさに政治家が力を持ったら困る官僚とマスコミの作り上げた造語です。「政治とカネ」という造語が機能しなくなったら、今度は「政治責任」という造語で政治家をコントロールするわけです。驚くほどの悪知恵が働くものだと感心してしまいます。
我々国民は、何が本当に起きているかを見ていないと、マスコミによる意図的な報道内容によって簡単に情報操作されてしまうという事実を忘れてはなりません。過去の事件報道の時、冤罪事件が起きた時のマスコミの報道を後から検証すると、本当にひどいものであった事が分かるのです。
戦後、我が国は民主国家になったと思っていたら大きな間違いです。三権分立が機能しない国民の主権が何も守られない、このような状況を民主国家とは断じて言えません。自民党による長きにわたった「官僚社会主義」は依然として続いていますし、むしろ政権交代により、官僚たちは権力を維持しようとして、この傾向はさらに強められようとしています。民主党への安易な非難や民主党を小沢、脱小沢などといって分断することは決して良い結果を生むとは限りません。自民党への支持率の回復という不気味な動きには驚かされます。今こそ我々の慎重な判断が求められていると思います。

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