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始まりがなければ何事も解決しない ・ エジプトを見て考える

過去の経済的な成功は、資源のない我が国が原材料を輸入して加工したのちに輸出する、という図式のもとで成功が成し遂げられたと言われている。原材料の輸入という事を無視すれば、それはどの国家においても概念は同じであり、唯一違う方法は、過去のスペイン、ポルトガルに見られる植民地からの収奪経済や、広大な国土を持つ国々に見る自国だけで完結できた経済構造を持っていた国々だけであったろう。その意味で言えば我が国の経済的な停滞は何なのかという答えはある程度見えるはずなのに、この問題を明晰に分析した答えが見えない。未だに過去の成功さえ正確に分析できていないのだろうか。鉄鋼で米欧に勝つことができたのは、原料の輸入から来る工場の臨海立地が海外の工場と比べてコスト的に絶対的な有利となっていたという指摘は興味深い事である。

経済という原理だけを見れば安くて良いものが勝つのは当たり前である。その前提は「良き生活」という衣食住に関わる普遍的満足感の追及に他ならない。文化的な満足感は、その後に来るものなのだろう。その意味では中国をはじめとしたBRICsといわれる国々が安価な人件費と人口の多さから来る市場の大きさにより爆発的に発展しているのは当然のことに見える。技術は最先端のものを除けば、ほとんどの国で物を作ったり加工するためには過去と異なり普遍的になっており、発展途上国ほど安くて良い物を作る事ができる。先進各国の人件費を考えれば、もはや先進国が物づくりで勝つことは不可能に近いだろう。また物流や情報についてもインターネットの発達で、過去と異なり先進国が独占できるものではない事もこれらの事実を加速させている。

現在の我が国でおきている経済的な停滞は他の先進諸国にも普通に見られるものだろう。米国という巨大な経済至上主義国家においては、実体なき経済の破綻で世界的な恐慌をもたらしただけでなく、自国の経済においても甚大な被害を受けている。世界、特に先進諸国といわれていた国々はどのような経済的な成功を目指すかについての方向性を見失っているように見える。各国は食とエネルギーの確保と共に、経済に関する世界的な戦略がこれまでとは比較にならないほど重要性を持つようになっている。すでに経済は、国内とか特定の経済圏という概念が通用しない世界的なものに変わっている事を、いかに早く自覚できるかが今後の我々に課せられた問題である。逆に言えば、だからこそ自国内における経済の活性化は、過去とは比較にならないほど大切になっている事も自覚しなければならない。さらに言うなら、世界は単に経済という概念だけで考えてはならないほど環境が変わってしまっている事も自覚しなければならないのだろう。過去の米国一極主義などの世界観はもはや機能しない事は明らかで、偏った考えや制度は、経済のみならず国家の根源的問題になっているのだ。

明治期を経て昭和、さらに軍部官僚の暴走の結果による泥沼の敗戦を経て、戦後の65年で我が国では、官僚のあり方は大きく変わった。初期の私利を追求しない姿は面影もなくなり、現在の官僚制度は醜いを通り越した異常なまでの権力の塊という利益集団に成り果てている。ソ連に見られる社会主義国家の凋落を見れば、このままの体制ではわが国は確実に世界に取り残され、三流以下の国になる事は確実であろう。敗戦により全てを失った国民の努力がGDP世界第2位や3位にまでの国にしたのに、依然として多様性は否定され、その恩恵が殆ど国民には還元されていない。今、議論されているのは国民へのさらなる負担だけであり、官僚による支配体制についての議論は何もない。過去の我が国の歴史を見ればわかる通り、このような一階層による独裁的な手法は必ず滅びる。我々に必要な事は、本当の意味の民主制度の樹立と、経済至上主義ではない国民が共通して認識する価値観を土台とした公平な国家の実現である。時間がかかっても明確な目標に向けて一歩を踏み出すべきである。答えは単純で、「主権在民の実質的な確立」にある。我が国の実質は社会主義国家に近い。これをいかに早く民主国家に変えられるかという命題こそが、「政権交代」を通して我々国民に問われている問題なのである。

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